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フェイク 第1605号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月22日(木)22時33分47秒
  (発行=18.02.21)

日顕「椅子の者は来るな、祈念が乱れる」
春季登山に苦悩し、車イスを貸出すと甘言
顰蹙買った顕正会の結集を真似る宗門

 法華講の春季総登山会を三月二十四・二十五日に大石寺で行なう日蓮正宗は
参加者の確保に四苦八苦している。宗務院が昨年十一月、末寺毎に割り当て人
数を決めて締め付ける一方、機関紙「大白法」は毎号、特集記事を掲載してい
る。

 その特集の中で面白いのは「車イスの貸し出し」との見出しで「総本山では、
登山会中の境内地の移動用として車イスを貸し出しています。貸し出し・返却
の手続きは……」等と記した記事である。

 一見すると、温かい対応のように感じる向きもあるが、実は、これは親切心
からではない。以前、邪教・顕正会が総会に病人や歩行困難な高齢者、体の不
自由な人を車イスに乗せて無理に連れ出し、世間の顰蹙を買ったことがある。
こんな顕正会の強引で悪辣な結集の手口を日蓮正宗が真似しているのである。

 車イスを使用している人達は客殿での丑寅勤行、日如の講義には参加できな
い。主要行事の第五十五回法華講総会もメイン会場ではなく、別会場で中継の
映像を見ることになるだろう。

 歩行困難の信徒に登山を強要しておきながら、中継を見せるだけとは無慈悲
の極みと言わねばならない。

 この車イスを貸し出すのが親切心ではないというのは平成六年五月二十三日、
日顕が椅子に座っていた人に対して言った暴言に本心が表れていたからである。

 丑寅勤行後の日顕は怖い形相で会場後方を睨みつけて「後ろの方で椅子に座
っている人、広宣流布を御祈念する丑寅勤行が乱れるから椅子に座っての参加
はやめるように。どうしても椅子に掛けなければならない人は明日からの参加
を遠慮するように」と冷たく言い放った。これが坊主の本音なのである。

 そこには車イスを使用している高齢者や身障者がいた。参加者は日顕の冷酷
非道な言葉に唖然となって、場内は凍りつき、足の不自由な人にイスを用意し
ていた役員はショックを受けて立ちすくんでいた。

無慈悲な対応に怒り

 かつて、信善寺(新潟県三条市)の講員だったMさんは次のように証言したこ
とがある。

 「足の調子が悪くて車イスで登山したが、車イスでは客殿に入ることを許さ
れず、宿坊で中継のテレビを見せられた。あれほど『登山しろ、供養しろ』と
言いながら、供養を取るだけ取って、こんな酷い、冷たい扱いをするのが宗門
です」

 Mさんは大石寺の無慈悲な対応に怒りを爆発させて脱講した。

 イスに座る人がいては、祈念が乱れるというのなら、御開扉はどうなるのか


 奉安堂では参拝者全員がイスに座っているではないか。日顕の言い分からす
ると、御開扉での導師の坊主は〝ご祈念が乱れている〟ことになる。

 この日顕自身も最近は足腰が弱って車イスを使っていると噂されている。

 春季総登山は毎年、三万人の結集を目標にしているが、一度も達成できてい
ない。病人や歩行困難な高齢者、身障者を登山させるため車イスを貸し出すと
言う宗門だが、この甘言に騙されて登山しても無慈悲で冷たい扱いを受けるだ
けだ。

 
 

フェイク 第1604号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月16日(金)12時24分18秒
  (発行=18.02.14)

「臨終ニ当リ俄ニ法号ヲ乞フハ愚挙」
無知な「大白法」の妄論を破折する ㊦
「葬式に僧を呼ばないのは大聖人の考え」

日蓮正宗の機関紙「大白法」が書いていた御授戒の記事は間違いで、実際は
学会の初代会長・牧口先生の提案により始めたことは前号で記した。今号では
戒名不要論、葬儀の僧侶不要に関して述べることにする。

まず、死後の戒名については日蓮大聖人の御入滅から約二百年も経った頃に
発生したと言われている。この「亡くなった時につける戒名」について碩学の
日亨上人は「臨終ニ当リテ俄ニ法号ヲ乞フガ如キ愚挙ナキヲ期スベキナリ」と
記されている。これを「大白法」編集部は知らないのか?

仏教発祥の地のインドにも戒名の習慣はなかった。

中国では本名に「字」(あざな=生前の通称)や「諱」(いみな=死者への
贈り名)をつける習慣があり、そこから出家者に法名が与えられるようになっ
たが、死後に戒名をつけたのではない。

我が国では仏教伝来の頃から中国と同じく出家名・受戒名が用いられ、奈良
・平安時代には、聖武天皇には「勝満」、藤原道長には「行覚」など、上流貴
族が受戒すると戒名とか法名が与えられていた。これは出家名の意味で、今の
死後の戒名とは異なる

日蓮大聖人は、御両親を正法に導かれて「日蓮」の一字ずつをとり、父に「
妙日」、母に「妙蓮」の法名を授けられたと伝えられているが、御書には「戒
名」の語句はない。

富木常忍の「常忍」、南条時光の「大行」なども生前からのもので死後の戒
名ではない。

つまり、大聖人御在世当時は出家名のみで、死後の戒名の慣習はなかった。

死後の戒名は故人の成仏に全く関係ないのである。

 次に葬儀については昭和四十三年十一月度本部幹部会で池田会長(当時)が「
化儀は時代に即応」との視点から葬式仏教ではなく生きるための仏教であり、
葬式に必ずしも僧を呼ぶ必要はないと述べて「呼びたい人は呼んでもいいが、
呼びたくなければ呼ばなくてもいい」と強調した。

しかも「これについては、総本山も大聖人の根本精神につながった考えです」
と宗門が賛同していた事実を明かしていた。

 それを今になって葬儀に僧が必要だと信徒を欺いているのが日蓮正宗である。

御書には「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せ
しむ」と指南されている。

故人の成仏は、葬儀の規模・形式、坊主の導師の有無など関係ない。題目を
根本とした追善回向が肝心であり、真心の題目で送る学会の友人葬、家族葬に
参列者からも感動と賛同の声が寄せられている。

昨年は「アエラ」でも「友人葬という〝先端〟」と題して友人葬を取り上げ
ていた。「僧侶の代わりに『導師』という古参の学会員が進行役を担い、遣族、
親族、参列している学会員たちも一緒にお題目の『南無妙法蓮華経』を唱える。
導師は創価学会の『儀典部』に所属。信仰歴が長く、教義に造詣が深く、葬儀
方法を熟知しているベテランが多い」と紹介。「お布施が必要なく、戒名もな
い。原則として香典も必要ない」等と記して反響を呼んでいた。

葬儀の先端で仏教の本義に照らしても正しい友人葬、家族葬が時代の流れで
ある。


 

フェイク 第1603号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月15日(木)12時23分29秒
  (発行=18.02.13)

学会の働きかけで始まった授戒
無知な「大白法」の妄論を破折する ㊤
今の授戒文は昭和四十一年に制定

日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」二月一日付で授戒の意義に触れて「かつ
て創価学会員も日蓮正宗信徒として入信する際には、この日蓮大聖人以来の本
門戒を授かり」と述べている。詳しくは後述するが、信徒の授戒は学会の出現
からだ。

 また「創価学会では、破門以前より化儀(儀式)を軽視する風潮があり……
儀式軽視の流れは、授戒や戒名不要論、葬儀の僧侶不要などに関連して、会員
を欺き謗法を正当化する手段となります」と書いている。

 本紙では授戒、戒名、葬儀について「大白法」の出鱈目な主張を粉砕する。

 まず「大白法」は日蓮大聖人のご在世当時から信徒に御授戒をしていたかの
ように誤魔化しているが、これは嘘である。「最蓮房御返事」に「結句は卯月
八日・夜半・寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり」と記さ
れているが、これは「出家」に対する授戒なのである。

日蓮大聖人のご在世当時、出家の弟子に対しても授戒の記録は最蓮房の他に
は残っておらず、ましてや信徒が授戒を受けたという記録は皆無である。

 「大白法」では故意に出家の授戒と信徒の授戒を混同させて「日蓮大聖人以
来の本門戒を授かり」等と誤魔化しているのだ。

 宗門史の泰斗・五十九世日亨上人は「受戒の定規はなかったと思う。それが、
近今に至って、にわかにその式が新設されたのではなかろうか」(「富士日興
上人詳伝」)と今の授戒の儀式は近年になって定められたと明かされていた。

 学会の草創期から活躍して理事長、最高指導会議議長を務めた和泉覚氏(故
人)は、かつて「昭和十二年ごろ、牧口先生が宗門に対して入会する際に御授
戒をするよう依頼し、それで行うようになった」と語っていた。

 確かに、学会の出現以前、日蓮正宗に入信する者などいなかったので、御授
戒を行なう末寺はなかった。

 牧口先生の提案によって始めた御授戒も当初は宗門の多くが反対だったとの
ことで、御授戒を行っていたのは歓喜寮(中野区)と砂町教会(江東区)のみ
で、その後、常在寺(豊島区)など他の寺も加わった。

 それでも授戒文は末寺によって違っていた。そのため昭和四十一年二月九日
付の「院達」(下段に添付)により制定されたのだった。

その理由として「授戒文に関する現状は、各寺約十指に余る夫々の様式によ
り実施しており、その中には、二、三意義に於て、過不足と思われるものも認
められる。従って宗門的見地より統一する必要があると思われる」と記されて
いる。

 無知な「大白法」は偉そうに妄論を書いているが、笑止千万。今の授戒の方
式は創価学会の働きかけによって始まったのである。


 

フェイク 第1602号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月21日(日)18時37分54秒
  (発行=18.01.18)

宗門の都合で功徳が変わるのか?
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊦
大聖人が全人類の為に御図顕された御本尊

日寛上人書写の御形木御本尊を誹謗する日蓮正宗の悪僧共は「法魂」とやら
を持ち出す。かつて「大白法」の「異流義破折」欄でも、「法魂」説を唱えて
いた。

この「法魂」という言葉は御書には記されておらず、日顕の造語で「大白法」
も「歴代各上人の御本尊のすべては、もぬけられて本尊の法魂は現法主の承る
ところにあり」「御法主上人は御本尊の法魂を所持あそばされる」等と繰り返
していた。「大白法」の記事を書いている無任所の坊主らは「法魂」とは何か
知っているのか、説明できるのか?

宗門が御形木御本尊の開眼を全くしていないことは前号でも述べたが、印刷
する度に一つの法魂が何千、何万の法魂へと増殖し、分裂するとでも言うのか?

さて、日蓮正宗の坊主と法華講員が口にする難癖に「法主の許可がない」と
いうのもある。

日寛上人が「本尊書写豈(あに)化他に非ずや」(観心本尊抄文段)と仰せ
のように、御本尊書写は広宣流布のために御本尊を御図顕された大聖人の御慈
悲を拝しての化他行なのである。

御本尊を拝ませてあげたいという大聖人の御心、それに純真に御本尊を拝し
たいと願う衆生の心が合致して、そこに功徳がある。そのために不惜身命の精
神で奉仕するのが、本来は法主の役割である。

だが、日顕は己の責務を放棄し、学会員を脅すために御本尊の下付を停止し
た。

その日顕の所行は、仏と衆生の間に割り込んで成仏を妨害するだけでなく、
御本尊を信徒支配の道具に利用したのである。これこそ宗門史上、前代未聞の
大謗法である。

広布破壊、成仏妨害の天魔と化した日顕が御本尊の下付を停止したから大聖
人の信心の血脈を現代に受け継ぎ、妙法を全世界に流布してきた唯一の和合僧
団である創価学会が、その資格で御本尊を授与していくのは当然である。そう
でなければ全人類のために御本尊を御図顕された大聖人の御心に適わない事態
になる。

以上のように、日蓮正宗の坊主や法華講員が学会授与の御本尊に対してなし
た誹謗は悉く根拠がなく、宗門が大聖人の御精神に背いていることが明白であ
る。

御書には「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を
裹(つつ)み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」と記されている。御本尊は大聖
人が末法万年の全人類のために御図顕されたのである。

その大慈悲こそ御本尊授与の根幹であり、宗門の都合で許可するとか、功徳
が有る、無いなどと言うべき筋合いのものではない。

滑稽なのは平成九年十一月三十日までに脱会しないと「宗門の信徒資格を失
う」と戯言を述べていた時の総監・藤本の談話だ。「日蓮正宗より下付された
御本尊ではあっても、これら謗法者宅の仏壇に安置されている本尊に合掌礼拝
をすることは謗法行為となる」と、学会員が受持する御本尊は日達法主、或い
は日顕が書いた本尊でも平成九年十二月一日からは「謗法」と発表したことが
あった。

まるで、御本尊に賞味期限があるかのような妄言だ。

最後に相承無きニセ法主の日顕、日如が模写した本尊こそが「ニセ本尊」だ
と断言するものである。


 

フェイク 第1601号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月20日(土)21時38分14秒
  (発行=18.01.17)

法主による開眼など全くの虚構
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊥
以前は法道院で印刷して各末寺へ送付

御本尊を信じられない日顕の害毒に染まった日蓮正宗の僧俗は日寛上人書写
の御本尊について、日證師に与えられた「一機一縁」の本尊だから、御形木に
して他の人が拝んでも功徳はない旨、バカなことを言っていた。まるで、御本
尊の功徳が特定の人に限定されるかのような妄言である。

「一機一縁」とは大聖人が門下に授与された御本尊について使われる言葉で、
「一機一縁」の御本尊とは、本来は大聖人ご在世当時、門下に与えられた御真
筆の御本尊のことを指すのだ。

日淳上人も大聖人御在世の弟子や信徒を導くために授与された御本尊を「一
機一縁の御本尊」だと明示していた。

こんなことも知らないで、日寛上人の御本尊を「ニセ」と誹謗して「功徳が
ない」とは大謗法の暴言である。

厳然と功徳があることは世界の友が実証している。

次に、宗門の坊主らは御本尊には法主による開眼が必要であると主張して「
以前から今日に至るまで、全ての御本尊は下附のために総本山から離れる前に、
丑寅勤行において法主が祈念をしている」と言っていた。

これは真っ赤なウソである。「本山での法主の開眼など御形木御本尊につい
ては行われていなかった」と改革僧が異口同音に証言している。

「以前から」とか「古来」という言葉を使って、昔から法主が開眼した御本
尊を授与していたかのように誤魔化すが、学会の出現以前は日蓮正宗に入信す
る人は殆ど皆無に等しい状況だったから御本尊を下付する必要もなかったので
ある。

  時折、入信する人が現れた場合、それぞれの末寺が勝手に御本尊を授与して
いたのだ。当然、その都度、法主が開眼することはなかった。

たとえば、東京の妙光寺が下山日布(五十五世)、法道院が大石日応(五十
六世)、常在寺が阿部日正(五十七世)と、それぞれ有縁の法主の御形木を持
っていて、勝手に印刷・表装して、授与していたのである。

また、香川の讃岐本門寺では過去に、塔中坊に安置されていた日興上人の御
本尊を御形木にして多くの檀家に下付していた。

更に、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保三年の御形木御本
尊は池袋の法道院で印刷していた。それを各末寺は本山を経ずに直接、法道院
から受け取っていたのである。

即ち、学会草創期に流布した享保三年の日寛上人の御形木御本尊は、相貌も、
授与書きがない点も、法主による開眼などがなかった点でも、現在の学会授与
の享保五年の日寛上人書写の御形木御本尊と全く同じだったのである。

淨圓寺が離脱の時、「しまった」と日顕

こうした事実を知っている日顕は、平成四年十一月十二日、淨圓寺の成田宣
道住職が宗門から離脱した時、周囲の者に「しまった、あの寺には日寛上人の
御本尊があったな」と悔しそうに呟いた。

それは以前の妙光寺、法道院、常在寺と同様に今度は浄圓寺の申し出によっ
て、日寛上人の御形木御本尊が下付されるようになると、それを阻止する正当
な理由がないからだ。(つづく)

 

フェイク 第1600号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月19日(金)23時43分42秒
  (発行=18.01.16)

授与書きの有無は力用と無関係
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊤
日寛上人書写の御本尊に偉大な功徳

日如が作った大日蓮出版社が発行する「妙教」一月号で、日寛上人御書写の
御本尊を性懲りもなく「ニセ本尊」と誹謗している。

そこでは法華経を読誦し、世界平和や人類の救済を目的として活動しても仏
意に通ずることはなく、願いが叶うことはない、等と批判している。これは日
蓮正宗の坊主や法華講員がよく口にする戯言である。

この「ニセ本尊」という批判に対しては、これまで繰り返し粉砕してきたが、
この際、日寛上人の御形木御本尊に関する誹謗に対し、改めて①相貌(そうみ
ょう)②授与書き、③法主による開眼、④法主の許可、の四つの視点から徹底
的に破折を加えることにする。

日寛上人は、日蓮大聖人直結、御本尊と御書根本で広宣流布に邁進された。
その点では世界広布に邁進する創価学会の信心と完全に合致している。

反対に、日如を大願寺住職の頃から知っている人の話によると、教学が苦手
で、学会の学生部員が御書について質問すると、難しいことは学会の教学部に
訊きなさいと逃げた。

題目嫌いな日如の教学力は所化並み

そのうえ勤行・唱題が嫌いで、改革同盟の渡辺雄範氏によると、朝夕の勤行
も殆どしなかったとのことで、一世帯の折伏も出来ず、信仰心の欠片(かけら)
もなく、日寛上人とは雲泥の差だ。

日如は法門に関する知識は「所化並み」と言われており、日寛上人の御形木
御本尊を「ニセ本尊」と悪口を言うだけで、その理由には言及できない。「妙
教」一月号も、なぜ「ニセ本尊」なのか詳しい理由は書いていない。

これまで日顕をはじめ日蓮正宗の坊主や法華講員が誹謗してきたのは主に相
貌、授与書き、法主による開眼と許可の四点である。

あの大謗法の極悪坊主・日顕が平成九年八月二十八日、全国の坊主が辟易し
た「八時間説法」で、日寛上人の御本尊の相貎に難癖をつけていた。「日寛上
人の御本尊様は……十界をお書きになった御本尊様が一幅もないんです。全部、
略本尊なんです」「こんなこと言うと、まあ、ちょっと、悪いかもしれないけ
どね」と宗門の中興の祖を非難するような口振りだった。

この他にも日顕は時々、日亨上人とか歴代法主を小馬鹿にする発言をしてい
た。

特に、平成四年八月、全国教師講習会の際、碩学の日亨上人を批判した事実
が忘れられない。

日顕は「堀上人がね、チョットわけ分かんないようなこと仰っている」と暴
言を吐いた。その時の雰囲気は活字では伝わらないが、甚だしく侮辱する口調
だったということだ。

日顕は言葉を続けて「堀上人はね、学者だから……だから、あんまり会通が
ないんです」

この日顕が言う、日亨上人の「わけ分かんないこと」とは、謗法坊主の十七
世日精について生涯、造仏読誦論者であったと日亨上人が批判されたことを指
していたのだが、「わけ分かんないこと」を口走ったのは日顕の方なのである。

この慢心の日顕は、日寛上人の書写の作法にも言及。「八時間説法」の小冊
子では、都合の悪い個所は削除しているが、日寛上人の御本尊の相貎にまで言
及した増上慢である。そして「二乗が欠けているから二乗作仏の意義が……」
と言いかけた時、場内の異様な反応に気付き、慌てて「略本尊も正本尊も、悉
く尊い御本尊であり、一切、唱題の功徳に相違はありません」と取り繕ってい
た。

功徳に違いがないのは当然で日興・日目上人書写の御本尊にも十界の代表し
か挙げられていないのがある。

特に、学会が現在、授与している御本尊は、草創期に流布した日寛上人書写
の享保三年の御本尊と全く同じ相貌なのである。

草創期の学会員は、その御本尊を信受し、何百万もの人々が宿命を転換し功
徳を満喫したのであった。

こうした過去の経緯があるため、日顕も、日寛上人の御本尊の相貌にケチを
つけながらも「略本尊だからニセ本尊」とは言えないため「授与書きの削除」
「法主による開眼がない」「法主の許可がない」と文句を言うしかなかった。

だが、これも日顕の邪見である。御本尊の本義、宗門の歴史から見ても、す
ぐに化けの皮がはがれる難癖でしかない。

日顕が「御本尊を信じられない」と

日寛上人書写の御本尊を誹謗する日顕は絶大な妙法の力用を疑っているので
ある。それを物語る面白いエピソードがある。

東京・八王子の平山廣篤(廣妙寺)が昭和六十一年六月十三日、御講で次のよ
うな日顕の不信謗法を暴露したことがあった。

「(日顕に)私が『信心してきて一番苦しんだことは何ですか?』と質問した。
すると『(日顕は)なかなか御本尊を信ずることができなかったことだ。今でも
本当に信ずることができないでいる』と仰せられた」

この平山の話を聞いた婦人は強い衝撃を受けて日記に書き留めていたのだ。
この一事が日顕の正体を物語っている。

御本尊の仏力、法力を信じていないからこそ、日寛上人書写の御本尊に平気
で難癖をつける。その難癖の一つが授与書きについての言い掛かりである。

日寛上人から授与を受けた本證房日證師への授与書きが御形木御本尊にはな
い点を挙げて「日證師の心を踏みにじる」「功徳がない」と愚かなことを言っ
ていた。

御本尊の余白に記された氏名は日興上人が「所賜の本主の交名(きょうみょ
う)を書き付くるは後代の高名の為なり」(富士一跡門徒存知の事)と述べら
れているように、授与を受けた人の功績を称え、証明する意義がある。

しかし、その名前は御本尊の本体に属するものではなく、授与書きの有無は、
力用とは何ら関係がない。

また、書写した法主及び授与された人の心を踏みにじるとか、その意志を傷
付けることにもならない。

日顕自身、説法の中で弘安以降に書かれた大聖人の御真筆の御本尊でも授与
者の名前のない例が二割近くある事実を認めていた。
つまり、授与書きが御本尊の本体には属さないことを自らが明かしていたので
ある。

また、日顕らは「日證師個人に授与された御本尊を世界に流布するのは罰が
ある、功徳はない」との邪見を得意気に言っていたが、厳然たる功徳があるこ
とは世界中の大勢のメンバーが証明している。

日寛上人の書写は広宣流布のためだ

日寛上人が御本尊を書写された御心は広宣流布にある。その御本尊を寺の倉
庫に保存しておくのではなく、世界の人々に授与することこそ、日寛上人並び
に日證師の心に最も適(かな)っていると言える。

更に、付言すると、学会が授与している御形木御本尊は、日蓮正宗の僧俗が
騒ぐような「授与書きを削った」のではない。正しくは「御本尊の本体の部分
だけを御形木御本尊にした」のである。淨圓寺に所蔵されていた御真筆の御本
尊の授与書きには、何一つ手は加えられてはいない。

この脇書きに関して、日蓮正宗こそ板御本尊の脇書きの総講頭の願主名を削
り、或いは漆で塗り潰して見えなくしたではないか。

この事実は、その御本尊を書写した日達法主らの心を踏みにじったのではな
いのか。また、古刹には脇書が削損した御本尊が多いのも事実だ。(つづく)


 

フェイク 第1599号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月 5日(金)23時55分31秒
  (発行=18.01.04)

元朝勤行の参加者は今年も減少
衰退を象徴、日蓮正宗 「行動の年」の幕開け
ノルマの強要に法華講は疲弊の極み

凋落の一途をたどる日蓮正宗は今年も本山大石寺をはじめ全国の末寺での元
朝勤行の参加者が減少したことが法華講連合会の有力筋、及び宗門の複数の関
係者の情報から明らかになった。

能天気な早瀬日如は「新年の辞」で「全国的に折伏弘通の気運が高まり」等
と述べている。だが、現実は法華講の各支部とも疲弊し切っており、昨年の折
伏目標は五百九十四支部中、約三割にあたる百六十五支部が未達成という体た
らくだ。

この目標を達成した支部にしても、その成果の内容は実に怪しいものだ。

布教部長の阿部信彰が住職をしている常在寺(豊島区)の元朝勤行の参加者は、
昨年よりも三十人ほど減ったと法華講員が教えてくれた。席上、信彰が「八年
連続で折伏目標を達成した」と発表していたが、参加者からは歓声も拍手もな
かったという。皆、いい加減な帳尻合わせの成果だと知っているからだろう。

 また、極悪坊主の日顕は「新年の辞」の中で「在家の方々にも、昨年は目覚
ましい活動の成果を残されましたが、本年も引き続き『行動の年』として倍旧
の御奉公を念じておられると確信するものであります」と述べていた。

 ところが、日顕の一番弟子の総監・八木日照は法道院(豊島区)の勤行の際、
日顕の言う「倍旧の御奉公」どころか、反対に「折伏弘教の数が毎年、上がっ
てはいても目標に追われて汲々とした姿だった」と士気の低下を語っていた。

この法道院も参加者が昨年より約二百人も減ったと法華講幹部が嘆いていた。

更に、財務部長だった長倉日延が死んだ後に藤原広行が入った日正寺(札幌市
)も大幅な減少。藤原が法華講員に嫌われているという噂は本当のようだ。

一方、法霑寺(北九州市)の柳坂幹道は「ここ三年間は誓願目標を達成できて
いない。きょうは、みんなもお疲れですから、これで終わりましょう」と言っ
て、早々に話を切り上げた。

こんな投げやりな住職では法華講員の士気が高まる筈がない。

 この常在寺、法道院、日正寺の他にも昨年より元朝勤行の参加者が減少した
末寺は数多い。その主な末寺を以下に列記する。

大宣寺(国分寺市)、宣徳寺(世田谷区)、妙盛寺(静岡市)、寿量寺(浜松市)、
蓮行寺(下野市)、富久成寺(古河市)、清涼寺(千葉市)、眞光寺(千葉市)、遠霑
寺(大網白里市)、法道寺(野田市)、常生寺(さいたま市)、経王寺(枚方市)、仏
恩寺(姫路市)、大妙寺(尼崎市)、妙道寺事務所(名古屋市)、玉泉寺(名古屋市)、
安明寺(春日井市)、普宣寺(小牧市)、実行寺(新発田市)、妙霑寺(岡山市)、興
福寺(広島市)、法厳寺(高知市)、延寿寺(南国市)、妙源寺(松山市)、法楽寺(
新居浜市)、立正寺(福岡市)、涌徳寺(熊本市)等々である。


 

フェイク 第1598号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年12月14日(木)22時30分29秒
  (発行=17.12.14)

諏訪涼道の布教講演は的外れ
身の程知らずの「大白法」の駄文を笑う
日顕と政子がクリスマスツリーを見学、撮影

日蓮正宗の機関紙「大白法」は無知な編集部が作っているようだ。最近の駄
文の中から二つ取り上げる。

まず、十二月一日付では大石寺のお会式での布教講演で諏訪涼道(霑妙寺)が
学会を批判している記事を掲載しているが、これは的外れ。諏訪の卑劣な話を
詳しく紹介するのは紙面の無駄なので簡潔に述べる。

諏訪は〝今日の宗教界の一凶とは権力・財力をほしいままにして三宝破壊、
三徳背反の学会こそ、現在の一凶である〟と「一凶」を繰り返して力説。「こ
こから一切の不幸と混迷が起こった」と見当違いの誹謗を続けて〝八十万法華
講の構築という命題達成に向かうことが肝要である〟と訴え、学会員を脱会さ
せるよう煽っていた。

笑止千万な布教講演だ。まず、改竄したテープで学会に難癖を付け、話し合
いにも応じることなく「権力をほしいまま」にして純真な一千万信徒を一方的
に切ったのは日顕である。

また、三宝破壊、三徳背反との学会批判も大間違い。三宝破壊、三徳背反は
日蓮正宗だ。仏法僧の三宝を攪乱して法主本仏論を強調し、主師親三徳の日蓮
大聖人を「迹仏」、現代の法主(当時は日顕)を「本仏」だと吹聴させた極悪坊
主は日顕自身だった。この日蓮正宗こそ「現代の一凶」と断ずる。

この〝ニセ本仏〟の謗法坊主・日顕は今月十九日に九十六歳の誕生日を迎え
るが、寄る年波と謗法の罪業には勝てず、最近は体調が悪く、無理して久しぶ
りにお会式に出かけたものの、直ぐに下山したという。

次に、「大白法」十一月十六日付の「諸宗教破折」欄で「謗法与同を恐れよ」
と題してクリスマスについて記している。その中で「毎年十二月になると街は
クリスマス一色になる。各地でツリーが並び、きらびやかなイルミネーション
が飾られ…」と書き、これはキリスト教の宗教行事で「けっして見過ごすこと
のできない謗法の所業」「クリスマスを容認する何らかの行動があるとすれば、
それは知らず知らずのうちに謗法に荷担している」と。

「大白法」編集部は日蓮正宗の僧俗が「御隠尊猊下」と呼ぶ日顕の行動を知
らないようだ。

クリスマスツリーを見学して、そこで記念撮影した坊主は「クリスマスを容
認」しており「見過ごすことのできない謗法の所業」ではないのか?

その坊主こそ相承詐称の日顕である。昭和五十九年、アメリカ・ニューヨーク
で、ミンクの毛皮コートで着飾った政子とロックフェラーセンターに出かけた
日顕は、巨大なクリスマスツ リーを見学。その前で夫婦仲良く笑顔で記念写
真に納まって、悦に入っていた(写真参照)

 

フェイク 第1597号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年12月 2日(土)23時52分34秒
編集済
  (発行=17.12.02)

日蓮正宗の名称は要法寺の案を盗用
第百回忌を迎える五五世日布の謗法行為
日布が国柱会の幹部らと御開扉、挨拶も

日蓮正宗の機関紙「大白法」十二月一日付で大石寺第五十五世日布の「第百
回遠忌(平成二十九年三日・四日)を迎えるに当たって」という記事を掲載して
いる。日布の死は大正八年だから「大白法」の見出しの「平成二十九年」は間
違い。正しくは平成三十年である。

 同紙は日布の事績を紹介する中で独立への軌跡を書いている。明治五年に日
蓮各派は「日蓮宗」として統合され、同七年に「勝劣派」、同九年二月に大石
寺一派は京都要法寺や保田妙本寺などと共に「日蓮宗興門派」として括(くく)
られ、その後、日布(写真)が分離独立を内務省に願い出たが認可されなかった。

同三十二年に日蓮宗興門派は「本門宗」に改称。翌年九月には分離独立が認
められて「日蓮宗富士派」と公称し、同四十五年に富士派から今の「日蓮正宗」
に改称するに至ったことを述べている。従って、現在の日蓮正宗になってから
は僅か百五年に過ぎない。

しかも、日蓮正宗という名称は京都要法寺の僧が考えたものである。明治十
一年、日蓮宗興門派が改称を検討することになり、興門諸山から意見を集めた
際、要法寺が日蓮正宗という名称案を出してきた。

因みに他の案は本門正宗(蓮山)、本門宗(遠山、豆山、房山)、日蓮本門宗(西
山)で、大石寺だけは現状の日蓮宗興門派の案であった。そのため「大石寺の
如きは現状維持説を答え多数説を敢えて否むものに非ずと首鼠両端の態度に出
づ」と、ぐずぐずして、決めかねていたと記されている。

要法寺の案を盗用しておきながら今では坊主も法華講員も「唯一の正系門下
だから日蓮正宗と公称している」等と自慢する厚顔無恥な邪教団である。

「慧妙」が宗門の
見解と反対の我見

ところで、日布は国柱会幹部や未入信の宗教学者らと共に御開扉。終わった
後、日布は「各々ヨウコソの御登山、佛祖三寶も御滿悦のことゝ存ずる。……
各々が無始以来の罪障消滅現當二世の所願滿足と厚く御祈念申上げました。南
無妙法蓮華經」(「大日蓮」昭和十年三月号)と挨拶した。

かつて、この日布の謗法行為を学会側が指摘すると「慧妙」は次のような邪
見を書いていた。「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇
の大御本尊が広宣流布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、い
まだに邪宗・謗法の者多く、それらの者の手から大御本尊を厳護申し上げるた
めであって、何も謗法者に拝ませてはならないから、という訳ではない」(「
慧妙」平成五年十一月一日付)

この「慧妙」の出鱈目な我見を当時の宗門の法義研鑚委員会(委員長は大村
壽顕)が一刀両断した。

同委員会は宗内教師各位への「通知」として「一閻浮提総与の御本尊といっ
ても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。これは宗祖大聖人の御教示であり、
宗門七百年の鉄則である」と。

 一事が万事、低劣なウソを書くのが「慧妙」なのだ。


 

フェイク 第1596号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年11月23日(木)21時07分41秒
  (発行=17.11.22)

「邪宗寺院の猿真似の茶番劇」
日蓮正宗大石寺の陰湿なお会式を笑う
日精が要法寺から持ち込んだ今の様式

邪宗の日蓮正宗大石寺では二十・二十一日の両日、寒風の中、お会式を行っ
た。お会式の現在の様式は京都の要法寺から持ち込まれたもので、造像読誦論
の謗法坊主・日精が第十七世になった寛永九年(一六三二年)頃に出来た、と大
石寺も認めている。また毎年、この日に大石寺がお会式を行なうようになった
のは昭和三十九年からである。

因みに、日蓮大聖人の御入滅の地の池上本門寺では七百三十年前から続けて
きた伝統行事とのことだが、それに比べると、大石寺のお会式の歴史は極めて
浅い。

大石寺は「他宗では絶対に見ることができない本宗独特の儀式」「日蓮正宗
の歴史の長さを示す古式豊かな行事」と宣伝しているが、これは真っ赤なウソ。
要法寺や身延系寺院など邪宗の猿真似の茶番劇である。

 お会式の初日は御開扉に始まり、夕刻にはニセ法主の早瀬日如が差しかけら
れた真っ赤な大傘の下を〝本仏気取り〟で歩くお練りだ。仏道修行はおろか、
「書」の練習もしないで下手な字で御本尊を模写し、誤字があると指摘された
〝ブクロの寛チャン〟が、参列者の唱題の声が響くなか、得意満面で歩く姿は
滑稽である。

お練りの際、助番僧が片手に提灯を持って日如の所まで走って来て一礼して
いた。これは御本仏の御説法を願う姿を現しているというが、お粗末な三文芝
居だ。

お練りが始まる午後六時以降、気温は一気に四度にまで下がり「冷蔵庫の中
に入っているようだ」という初老の人がいた。この時は冷たい風も吹いていた
ため、体感温度はさらに寒く感じられ、居並ぶ法華講員の中にはクシャミをし
たり、激しく咳き込む人なども目立ち、冷気の中に立っていて風邪を引いたの
だろう。

茶番劇は、まだ続いた。

 入場して菩薩の座(上行座)に座った日如に会行事が恭しく礼。涌出品の右繞
三匝(うにょうさんそう)の法式、寿量品の三誡三請、重誡重請(じゅうかいじ
ゅうしょう)の格式をもって仏に高座へ登ることを願い奉る儀式だという。宗
門では「色花は使わない」と言いながら、会場にピンク色の桜の造花を飾って
いる。

こんな儀式が権威づけになると、日如は勘違いしているようだが、今の時代
に物笑いの種でしかない。

遊び人の暴力坊主が完全に〝本仏気取り〟なのだ。

 ここでは御本仏が寿量品文底久遠名字の南無妙法蓮華経を説く儀式だとして
説法は寿量品に限るのだが、日如は権威づけのため難解な仏法用語を多用し、
法主だけが仏法の本質を極めているかのように装うのだ。

これは大聖人の仏法を訓詁注釈の領域に封じ込めていることになる。そのた
め参加した講員も「意味不明で理解できない」と苦笑していたが、これでは世
界広布はできない。

二日目のお会式の中心的な行事は申し状の奉読で、時の権力者に出された諫
暁の書を坊主が次々に奉読していた。

だが、先の大戦中、時の軍部権力に迎合し諫暁もせず、神札を受け、御書を
削除し、御観念文を改変した宗門。それが少数の法華講の前で七百年前の申し
状を奉読しても意味がない。

まさしく、お会式は形骸化した時代錯誤の死せる仏教を象徴する猿芝居であ
る。


 

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