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フェイク 第1582号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 6月 9日(金)23時27分41秒
  (発行=17.06.08)

法華講の富士地方部長が謗法同座
謗法幹部の清功が「信長公供養祭」に参列
西山本門寺の僧の導師で勤行し焼香

日蓮正宗法華講の富士地方部長の清功(写真上)が六日、富士宮市・西山本門
寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列していた。

信長は天正十年(一五八二年)六月二日、京都本能寺に宿泊していた時、家
臣の明智光秀の謀反によって襲撃され、非業の死を遂げた。

ところが、信長の遺体は見つからなかった。そのため、密かに脱出し別の場
所で自害したという説や、信長を慕う僧と配下によって人知れず埋葬されたと
いう説などが後世に流布した。

また、事件当時も信長の生存説が流れ、光秀と対立する羽柴秀吉は、この噂
を利用して、味方を増やそうとしたと言われている。

西山本門寺の境内にある樹齢約五百年の柊の根元には信長の首が埋葬されて
いるとの伝説があり、「信長公首塚」(写真中)が築かれている。

供養祭を主催したのは信長公奉賛会で、同会は「織田信長公を供養し、会員
相互の親睦を図る」ことを目的に、平成二十三年に設立された。

供養祭は西山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶
達が経を上げ、法華講の富士地方部長の清功も同座して合掌(写真下)、焼香し
た。

清功は浅間神社参拝の常連で、曽我神社の総代を兼務する大石寺総代の井出
某と共に〝日蓮正宗の二大謗法幹部〟と言われている。

法華講幹部の謗法を
教導できない日如

平成二十四年九月七日、富士山本宮浅間大社の拝殿で中村徳彦宮司を祭司と
して富士山の夏山シーズンの終わりを告げる閉山祭が行なわれ、清功も大社役
員、氏子衆や崇敬者などと共に参列。お祓いの後、神職が約二ヶ月間にわたる
開山の終了を報告する祝詞をあげ、清功は参列者を代表して玉串を奉納した。

翌二十五年七月一日には「富士山お山開き」で富士山本宮浅間大社と富士根
本宮村山浅間神社で登山の無事・安全を祈願する神事が行なわれた時も清功は
参加していた。

こんな清功の謗法同座の行為に対しても法主の日如は知らん顔を決め込み、
教導できないのである。


 
 

フェイク 第1581号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月25日(木)21時14分32秒
  (発行=17.05.24)

日如ら坊主の講義は今年も不評
大石寺で実りのない夏期講習会が始まる
空理空論の講義に参加者は「馬耳東風」

日蓮正宗の第十四回法華講夏期講習会が二十・二十一日に大石寺で始まった。

今年のテーマは「折伏育成のために―自行化他の実践で誓願達成―」。宗内
情報によると、このテーマは早瀬日如が独断で決めたということだ。折伏・育
成が低迷しているため業を煮やした日如が顕正会のように法華講員を信者獲得
に狂奔させるのが狙いなのである。

各末寺には夏期講習会参加の人数が割り当てられていたが、宗門関係者によ
ると、今年も割当人数に満たない末寺支部が幾つもあるという。

特に、最近は年間を通して支部登山などノルマが増えているのに加え、法華
講員の高齢化が進んでいるため、夏期講習会の参加者も減少の一途をたどって
いるのが現状だ。

そのため第七回講習会からは以前の十期から半分の五期に縮小した。

 また、従来は第五期の講習会は青年部を対象にしたものであったが、青年部
の講習会に若者ではなく、年配の参加者が目立っていた。若い講員は殆どいな
いし、講習会に若者が集まらないので昨年から青年部講習会は廃止になった。

講義内容はマンネリで、第一期初日の二十日の一時限目が「法華講員八十万
人体勢構築への折伏戦と組織作り」、二時限目は「法華講員の心得」、三時限
目は「広布の人材育成の推進」というものである。

三人の担当講師は、いずれも折伏の実践経験のない坊主で、観念論を振りか
ざして折伏の檄を飛ばして、入信した者を登山や御講に参加する信者にしてい
くよう訴える〝十年一日〟の如きもので不評だった。

担当講師の坊主は自らが折伏をした経験が全くないので、自分の折伏体験な
どを披露できない。

日如にしても、折伏はできないし、立派な信徒を育てた実績もない。そのた
め、かつて大願寺に在勤した経験のある改革同盟の渡辺雄範氏は日如を「言行
不一致の悪僧」と指弾していた。

この日如に限らず担当講師の坊主は口先だけの空理空論ばかりだから、参加
者は聞き流しているといった感じで、講義の時、殆んどの受講者は終始、無関
心の表情をしていた。

 法華講の講習会は以前、未活動者も参加対象にして、強制的に連れ出してい
た。

ところが、講義会場で居眠りする者、会場を抜け出して山内を勝手に散策、
またタバコを吸いながら雑談する者なども多かった。

そこで参加対象を絞って講頭、副講頭、認証幹事、支部役員及び活動家を対
象にする今のように変更したのだが、相変わらず実りのない講習会になってい
る。


 

フェイク 第1580号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月13日(土)10時32分32秒
  (発行=17.05.11)

「妙の字は若い女の乱れ髪」?
日顕の低劣・下品な妄説、珍説、愚説を笑う
今月から始まる夏期講習会に参加する価値なし

 日蓮正宗大石寺での法華講夏期講習会が今月二十・二十一日の第一期から始
まる。この講習会で思い出すのはニセ法主元祖・日顕の低劣で下品な珍説法で
ある。

 今の日如の講義は教学部副部長・宮野審道や寂日坊の永栄義親(教学研鑽所)
らが書いた原稿を棒読みするだけだから、法主の講義といっても有り難がって
拝聴する者は少なく、受講者は「聴いても何の役にも立たない」(壮年)と不評
なのだが、日顕は卑猥な話とか怪談が定番になっていた。

 日顕は受講者から笑いを取ろうとしていたのだが、講義の最中、イヤらしい
笑いを浮かべていたのは日顕一人だけで、エロ説法の際、男性講員はムッと怒
った表情で聞き、女性講員は赤面して下を向く者が多かった。

 そんな日顕の説法の一部を紹介する。

 「釈尊が成道する前に、も~、非常に女人が出てきましてね。あらゆる女人
が裸で、ウフッ(日顕はイヤらしく笑う)出てきて~、スッ裸になったり~、裸
体を晒すんです。ウフッ、それで所謂、情欲を仏様の~、ズヒ~(日顕が息を
吸う)、まあ~……」(平成十六年)

 こんな調子で話をしていた。特に「若い女の乱れ髪」は本紙が以前、紹介し
たので有名になったが、ここで改めて振り返る。

 日顕は一念三千について説明した際、妙法蓮華経の妙について「この『妙』
ということはね、『妙の字は若い女の乱れ髪』という詩を知っていますか?
若い女の乱れ髪、結う(言う)に結われず、解く(説く)に解かれず。あの乱れた
髪がね、だから結うことも出来ない、解くことも出来ない。それが若い女の髪
が乱れた時のねえ、ウフッ、まあ、要するに、それが『妙』であります」(平
成九年)

 若い女の乱れ髪とか男女の愛欲について得々と語っていたが、これが法主の
夏期講習会での講義だったから驚き、呆れるではないか。日顕が悩乱している
のが、良く分かる話である。

日顕はエロ説法と怪談

 他にも日顕のエロ説法は多いが、本紙の品位が汚れるので割愛するが、幽霊
の話など怪談も多くあった。

 「通力のある人は『ここに何かいるな、アッこれは鬼だな』とか、あの『幽
霊だ』『これは前に男に捨てられて、子ども産んで子どもと一緒に死んだ人の
霊が、ここにいるな』とか、通力のある人には、よく分かるんです」(平成九
年)

 こんな話を聞くと、日顕自身が若い頃に騙した女性の怨念を感じているので
はないかと勘繰りたくもなる。

 これは行学講習会での話だが「幽霊はいると思う。ワシが本行寺の住職をし
ていたとき、(ある信徒が)『息子に幽霊が馬乗りになっている』というのを
聞いたことがある」(昭和六十三年)等の幽霊の話ばかりか、教師講習会の閉
講式では「やっぱり霊能者っていうのがいるんです」「(霊能が)事実、当た
ってんです」(平成十七年八月)と霊能者や他宗教の「拝み屋」を肯定するな
ど、日顕の怪談や珍説は枚挙に暇がない。

 以上、簡単に記した通り、日顕はエロ話とか怪談だったが、今の日如は平坊
主が書いた原稿の棒読みで、こんな夏期講習会に参加しても時間と費用の無駄
である。



 

フェイク 第1579号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月 2日(火)22時49分45秒
  (発行=17.05.01)

宗史の美化が日蓮正宗の常套手段
園田司道の虫払いでの布教講演を糺す
五重塔の重要文化財指定は学会の外護による

日蓮正宗大石寺での虫払い法要(四月六日)の際、本修寺(東京都足立区)の園
田司道が欺瞞の布教講演をしていたので、前号の合原歓道に続いて糺すことに
する。園田は「折伏と育成で広布へ前進」と題する講演で、前半は五重塔の建
立から今年一月の修復完成までの経緯を語り「昭和四十一年、国の重要文化財
に指定された」と述べていた。

この五重塔に関しては本紙1570号でも詳述したが、かつて五重塔は朽ち
かけていて、それを修復したのが創価学会であり、この学会の外護による修復
の結果、国の重要文化財に指定された事実を園田は一切、触れずに隠していた。
園田の話は狡猾な宗門の体質を如実に物語っている。

宗門にとって、都合の悪いことは素知らぬ顔で伏せて宗門史を美化するのが、
日蓮正宗の汚い手口であり、最近では「富士年表」も改竄して、学会が全国に
末寺を建立寄進した事実を隠し、宗門が建立したかのように書き直している。
三百五十六ケ寺の建立の全てを改竄しているのだ。

本号では園田が隠している五重塔の修復について、改めて述べる。

明治の頃、五重塔の銅瓦を売却し、その代金を着服して贅沢三昧に耽り、自
宅を豪邸に造り替えた悪僧がいた。この頃の法主は第五十五世の日布で、この
日布について第五十九世・日亨上人は「おだやかな人でね。ほとんど生きてい
るか、死んでいるか分からんような穏健な人」と語っていた。

こんな無能法主を騙して悪事を働いた坊主について日亨上人は次のように語
っていたので、少し長くなるが紹介する。

「その頃、久成坊に長谷川という現代向きの世才家があってね。すっかり、
人の良い日布上人をごまかしてしまった。自分の家などはね、文化式というか、
ほとんど旅館同然にこしらえたんですよ。中に廊下をはさんでね、南北にずっ
と客室をこしらえて。便所なんかでも立派なもんでしたよ。そんなことには才
があった。

ところが、ひどいことには五重塔の銅(あか)瓦をごまかして儲けたわけです。

この頃、トタンという珍しいカネができましたから、そのカネでもって作る
というと、萬代むきで、銅(あか)がねのように錆びはしませんから、トタンに
五重塔をふきかえた方がいいです、なんて貫主さんに言った。

貫主さんは何にも知らん人で、そうか、そんなものができたのか、じゃ、よ
ろしく頼むなどと言って銅を高く賣っちゃって、トタンぶきにしてしまった。

そういうバカなことをやっている。そして、それを塗ればよいのに塗らない
でおいたでしょう。そのトタンが錆びて、そこから漏るようになってしまって、
それで仕様がなくて、日應上人時代にですね、そのトタンをはいで、瓦にして
しまった。それが充分でないから先年、學會の厄介になって修理した」(「大
白蓮華」昭和三十一年十二月号)

トタン屋根や朽ちかけた五重塔であれば重要文化財には指定されていない。

この他、布教講演で園田は慈悲の心、柔和忍辱について語っていたが、これ
は法華講員にではなく、住職を自殺に追い込み、隠居させ、左遷する無慈悲な
日如に向かって言うことだ。


 

フェイク 第1578号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月27日(木)23時44分29秒
  (発行=17.04.27)

「残してならない法主本仏の邪義」
合原歓道の虫払いでの布教講演を粉砕す
僧侶主導の広布の基盤は軟弱で崩壊へ

日蓮正宗大石寺での虫払い法要(四月六日)の際、法勝寺(埼玉県・大宮区)の
合原歓道が布教講演をした。「甘露をもって灌(そそ)がるるが如し」と題した
講演は、薄っぺらな内容で日如の話や御書、六巻抄、法華経等の引用文を継ぎ
足して折伏を煽るものだった。

合原は全国布教師になっているが、奈良県の仏覚寺にいた時も、今の法勝寺
に異動してからも説法は頓珍漢の雑談に終始し、法華講員の間で嘲笑の的にな
ったり、怒りを買うこともある。

特に、合原はマンガが好きなようで、平成二十一年二月、所沢・能安寺での
埼玉布教区広布推進会に地域担当員として参加した時は、定額給付金の給付が
決まったこともあって「埼玉の春日部にはクレヨンしんちゃんの家族がいる。
クレヨンしんちゃんの家族には定額給付金は幾らおりるのかなあ?」「皆さん、
定額給付金の一万二千円は全額、大石寺への登山会に使おう」と僅かな定額給
付金まで搾り取る話をしたので法華講員が怒って本紙に通報してきたことがあ
った。

学会は正、宗門は邪

布教講演で合原は「創価学会が破門されてより四半世紀、僧侶主導・法華講
主体の広布の磐石なる基盤構築は急務であります」と、基盤が軟弱である旨、
吐露していた。

折伏は停滞して、登山者も御講参加者も減少の一途を辿っており、軟弱な基
盤は崩壊しているのが現状だ。

また、合原は「寂日房御書」の「かゝる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふ
かしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」を引いて「法華講衆に『
折伏せよ』と仰せくだされております」と述べていた。

合原は誤魔化しているが、大聖人は法華講員だけではなく、坊主も折伏せよ、
と言われているのだ。

更に、合原は後世に残すものと、絶対に残してはならないものがあると前置
きして「残してならないものは創価学会、顕正会等の邪義・邪宗です」と学会
を顕正会と同列に論じている。

顕正会の邪見は残る筈もないが、絶対に残してはならないのは日顕と信彰が
推奨した「法主は現代の大聖人様」「現法主が『本』で御本仏日蓮大聖人は『
迹』」との「法主本仏論」、及び坊主の信徒蔑視、謗法容認、御書否定、遊蕩
癖、供養強奪の悪しき体質である。

「道理証文よりも現証にはすぎず」である。日蓮大聖人直結、御書根本で進
む創価学会と、その学会を破門して法主への「信伏随従」を強いる邪宗門。ど
ちらが「正」で、どちらが「邪」か、現証を見れば一目瞭然であろう。

この広宣流布を堅実に進める「和合僧」の学会を破門したニセ法主元祖・日
顕が第六天の魔王であることは言うまでもないが、ニセ法主二世・日如も日顕
と同じく無慈悲で冷酷だと宗内から非難の声がある。

それは先月、自殺した日成寺(埼玉県朝霞市)の安孫子信洋の通夜にも葬儀に
も日如が姿を見せなかった件である(本紙前号で詳報)。

二月二十七・二十八日には妙相寺(長野市)の住職・落合尊福の女房の通夜と
葬儀で導師を勤めた日如が、安孫子の葬儀には来ない。非難されて当然の悪僧
だ。


 

フェイク 第1577号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月13日(木)17時18分13秒
  (発行=17.04.13)

日成寺の住職が首吊り自殺!
無謀なノルマと人間関係に悩んだ安孫子信洋
冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者

日蓮正宗・日成寺(埼玉県朝霞市)住職で権大僧都の安孫子信洋(写真)が三月
二十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だ
った。

身内の嘆き悲しみは察するに余りあるが、知らせを受けた早瀬日如は顔色を
変えて「えっ」と言った後、暫くの間、言葉を失っていたということである。

 自殺の原因は、残された遺書によると、日如が打ち出した過酷な折伏ノルマ
の進捗状況を苦にしており、そのうえ、寺の法華講員との人間関係にも悩んで
いたことがうかがえた。

 日如が絶句したのも無理は無い。安孫子は昨年十一月二十四日、佐々木正演
の後任として同寺の第二代住職に就任したばかりだった。 安孫子は就任の挨
拶で「宗開両祖の御聖訓を心肝に染め、大法広布、寺運興隆、寺檀和合に精進
し、以て仏祖三宝の御恩徳を報じ奉り、御法主日如上人猊下、御師範日顕上人
猊下の御慈悲にお応え申し上げる覚悟でございます」と述べていた。

それから僅か四ケ月後に、このような悲劇が起こるとは誰も予想できなかった。

 故人を良く知る人達は異口同音に「真面目な人でした」と言う。日蓮正宗の
僧の中では珍しく正直で誠実な人柄だった。

それだけに宗務院布教部の度を過ぎた厳しい締め付けに耐えられず、自ら命
を絶ったと思われる。実に痛ましいことである。

 日蓮正宗の僧の中には、詐欺まがいの折伏を成果として数え、或いは帳尻合
わせの成果で誤魔化すような狡猾な住職もいる。

そんな悪辣な坊主と違って、正直な安孫子を日如や布教部長の阿部信彰らは
自殺するまで追い込んだ結果の悲劇であり、冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠
牲者といえる。

葬儀の導師を断った
日如に「冷酷だ」の声

 本来なら住職の死は速やかに「宗務広報」などで宗内に知らされ、日如が大
導師を勤めるのだが、安孫子の場合、直ぐには徹底されなかった。

しかも、日如は通夜にも告別式にも姿を見せず、埼玉布教区が主体になって
二十七日に通夜、二十八日に葬儀が佐藤日栄の導師で行なわれた。その日如の
仕打ちに「余りにも冷酷すぎる」と関係者は嘆いていた。

 安孫子は昭和四十六年二月生まれ、同五十八年に得度。信善寺やブラジルの
正法寺住職を経て昨年十一月に日成寺の住職になった。

 毎年、信徒の一割増という乱暴なノルマに苦しみ、悩んだ末に還俗し、或い
は隠居した者もいる。ストレスが溜まって性犯罪に走った住職もいたし、法敬
院(対馬市)の長野良宏のように親元に逃げ帰った者もいる。そして遂に、住職
の自殺という最悪の事態を招いた。

過去には火災で焼死した法主(日恭)、地震で倒れた石塔の下敷きになって死
んだ学頭(久遠院日謄)、自業自得の罪で自ら命を絶った住職などはいた。だが、
無謀なノルマを苦に前途ある住職が自殺するとは、日蓮正宗の末期的症状を象
徴する出来事といえよう。


 

フェイク 第1576号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 8日(土)22時21分59秒
  (発行=17.04.08)

御宝蔵の中は虫の死骸などが散乱
大雨注意報のなか、大石寺で「虫払い」法要
湿度九十%の日に「湿気を払う」とは滑稽だ

日蓮正宗大石寺では四月六・七日の両日、恒例の虫払い法要を行なった。初
日の午前中は春の陽気だったが、法要の初めの行事である午後一時半からの御
開扉が近づくと時折、雨が降り始め、夜の早瀬日如の御書講が始まる頃には本
降りになり、気温も急に下がった。

 二日目は「大雨注意報」が出て、早朝から昼過ぎまで断続的に雨が降り続き、
午前七時からの御影堂での御開山御講の時間も雨。同九時から客殿で始まった
霊宝虫払い、御真翰巻き返しの時間帯も雨で、本山内が霞んできて、今回も諸
天の加護が全くないことがうかがえた。湿度は九十~九十三%だった。

 この虫払い法要について宗門側は「重要な宝物を後世に永く伝えていくため、
年に一度、湿気を払い、お風入れをして害虫を除くなど保存に必要な手入れ」
をする行事だと説明している。

 だが、雨で湿度が九十~九十三%という日に「湿気を払う」とは実に面白い。
参加した法華講員は「本当に『宝物を後世に永く伝えていくため』であるなら、
少なくても月に一度くらいは『お風入れ』をした方が良いのでは……」と呟い
ていた。

確かに、重宝類の手入れが目的ならば、全国から信者をムリに集めてやらな
くても、大石寺の大坊に百人ほどもゴロゴロしている無任所坊主に定期的に手
入れをさせた方が良い。

 そうしないのは虫払いを秋のお会式と合わせて二大行事と銘打ち、信徒を集
めて御開扉料や御供養の金が欲しいからである。

 また、宗門は「本弟子六人のうち日昭などの五人は大聖人が仮名文字で書か
れた手紙を残しておくことは恥、と言って大事にしなかった」と非難している。

しかし、改革僧は「今の宗門も五老僧と同じで重宝類を大事にしていない。
その証拠に御宝蔵の管理は極めて杜撰だ」と指摘する。

御宝蔵の掃除は年に一度、虫払い法要の前だけで、以前、御宝蔵の清掃をし
た改革同盟の山口雄在氏は「虫の死骸が散乱し、汚れがひどくて拭き掃除をし
た雑巾を洗ったバケツの水が泥水のように真っ黒になった」と述懐。同じく植
松雄増氏は「御厨子の中や御本尊にもクモの巣がはり、お供えしてあった鏡餅
がカビだらけだった」と語る。

大石寺が虫払い法要を始めた時期は不明だが、古い資料としては元亀四年(一
五七三年)の「霊宝虫払日記」がある。また天明元年(一七八一年)の記録には
「虫払いは三歳に壱度也」と記されており、三年毎に行なわれていたようだ。
正式行事になったのは江戸末期の四十八世日量の頃で、明治以降、四月六・七
日に行なわれるようになった。

法要に日顕は欠席

 この法要では隠居した日顕の姿を見ることはなかった。元気なら参加する筈
だが、体調が悪いようだ。


 

フェイク 第1575号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 6日(木)10時58分9秒
  (発行=17.04.04)

日蓮正宗に折伏できる坊主は皆無
大石寺の春季登山での講頭会、総会を嗤う
「僧侶主導」は絵空事、責任を信徒に押付け

日蓮正宗は法華講春季総登山の初日の三月二十五日、大書院で講頭会を行い、
全国の支部講頭に対して平成三十三年の「法華講員八十万人体勢構築」を達成
するため全支部が折伏に全力で取り組むよう訴えていた。

なかでも、布教部長の阿部信彰は「(折伏は)我らの一生成仏にとって欠くべ
からざる、最も大事な仏道修行であります」との日如の話を引用し、今年の誓
願目標を八月までに、遅くとも十月までには達成せよ、と強調していた。

「一生成仏にとって欠くべからざる最も大事な仏道修行」と言いながら、日
如も信彰も折伏の檄を飛ばすだけで実践していない。戸田二代会長は「坊主自
身は成仏できると思っているのか?」と喝破したが、坊主は成仏できないこと
を自覚して諦めているのだろう。

日如が新宿区の大願寺にいた頃の話として「学会は折伏、折伏と言っている
が、あんなの寺に連れて来て、御授戒を受けさせるだけだから簡単だろ」と言
っていた。これは当時、同寺に在勤していた渡辺雄範氏(改革同盟)の証言であ
る。

折伏の体験のない日如は、寺に連れて行くまでの紹介者の真剣な祈り、心遣
いや苦労など想像できないのだ。

また、日如は講頭会で昨年の折伏について「残念ながら全支部が達成とはな
らなかった」と苦言を呈し、勝利の秘訣は「唱題」「団結」だと訴えていた。

これに関しても渡辺雄範氏は、日如が勤行・唱題嫌いだと実例を挙げて「(日
如は)信仰の基本である勤行を平気でさぼる」と指摘して「夕方、来客がある
と、午後六時からの寺の勤行もせず、客と一緒に外食に出掛ける」と厳しく指
弾。日如は反論不能だ。朝、勤行するのを見たことがない、との声もある。

こんな日如が「唱題」を訴えても虚しいばかりで、講頭達の胸には響かない。

八十万達成は不可能

更に、日如は講頭に「言い訳をするな」「愚痴を言うな」と釘を刺し、法華
講員八十万人体勢構築へ向かっている今、講頭の信心のいかんが問われる、と
力説していた。

宗門は「僧侶主導の広宣流布」を標榜しながら責任を講頭に押し付ける。「
信徒主導」に転換すべきだ。

現在の宗門は坊主が法華講員に向かって檄を飛ばし、講員に折伏させる仕組
みだ。

その法華講員には功徳の体験がないから信心の確信ある折伏は出来ない。

そして坊主は未入信の人との接点がなく、接点をもとうともしない。仮に、
接点があったとしても外部の人を折伏できるような力ある坊主は、現在の宗門
には皆無である。

日蓮大聖人、日興上人が率先して折伏の最前線で戦われたのとは正反対であ
る。

こんな状態では八十万人体勢構築は平成三十三年とどころか、何百年経って
も不可能だと断定する。

法華講が未入信の人達を折伏できないから、総登山二日目の二十六日の総会
では連合会副委員長の篠田泰夫、委員長の星野浩一郎が学会員の折伏を煽って
いた。

だが、講員は学会員を折伏できないばかりか、苦しいノルマ信仰が嫌になっ
て、今後ますます脱講する講員が増えるに違いない。


 

フェイク 第1574号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 3日(月)22時24分52秒
  (発行=17.04.02)

厚田墓園は道内随一の桜の名所
総合情報誌「HO(ほ)」5月号で特集し紹介
戸田・池田先生の師弟愛と桜守の献身

北海道の旬な情報を独自の視点で紹介する人気の総合情報誌「HO(ほ)」5
月号で厚田の戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)の桜を特集して紹介し、明るい
話題になっている。

かつて、札幌から北ではソメイヨシノは育たないと言われていた。だが、今
では厚田の戸田記念墓地公園が道内屈指のソメイヨシノなど桜の名所になって
いる。

その陰には一人の桜守の懸命な努力と忍耐があったことを同誌は紹介したあ
と「毎年十五万人もの見物客が押し寄せ、その数は年々増え続けている」と説
明。「一人の桜守」である故・佐々木忠さんによって東京ドーム三十四個分に
相当する広大な桜の園になった経緯を感動的に記している。

 そして同園の全景、桜並木、桜のトンネルなど豊富な写真に加えて、在りし
日の佐々木忠さんが作業している写真も載せている。

更に、同誌は戸田先生と池田先生の師弟の絆について記述。ソメイヨシノを
愛した戸田先生の故郷である厚田の地を桜花で荘厳したいと願った後継の池田
先生の熱い一念に触れ「(池田第三代会長が)戸田氏の功績を顕彰する思いを込めて、
ソメイヨシノが咲き誇る施設にしたいと計画し、完成させた」と麗しい師弟の絆の
一端を述べて二人の写真を掲載している。

 この戸田墓地公園の桜は平成二十一年、旅行雑誌・北海道ウォーカーGW号
に「北海道の絶景桜30」の「絶景スポット第一位」に輝いたと紹介され、ま
た、昨年五月二十八日には「北の大地 さくら物語」と題してテレビ(BS)で
全国に放送されて多大な反響を呼んだことは記憶に新しい。

 特に、池田先生は随筆やスピーチ等を通して、昭和五十二年の開園当初から
桜の植栽に携わってきた〝名桜守〟の佐々木忠さんの苦労を称賛。「佐々木さ
んは、わが子に対するかのように、一本一本の桜に『元気か』『頑張れ』と祈
り、語りかけながら,丹精してこられた。まさに、学会伝統の個人指導と同じ
である。

その献身的な努力によって、不可能と思われた北限の地に、あの桜花の園林
ができあがったのである」(平成十二年五月三十日付の随筆「新・人間革命」)
と讃嘆した。

同園では毎年、恒例の「観桜の集い」を開催している。その集いには北海道
の各界を代表する著名人、地域の名士をはじめ約千五百人が集って楽しい賑わ
いを見せている。

一方、佐々木さんが丹精込めた大石寺の数万本の桜は極悪坊主・日顕の指示
で伐採され、ほとんど使われることのない駐車場になっている。

厚田の戸田記念墓地公園では五月初旬には約八千本の桜の満開の季節を迎え
る。今年も多くの人が道内随一の桜の園を訪れ、爛漫と咲き誇る桜花を堪能す
ることだろう。


 

フェイク 第1573号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 3月28日(火)21時51分42秒
  (発行=17.03.28)

法華講総会に参加者は落胆!
冷たい雨の中、日蓮正宗大石寺の春季総登山
日如らが折伏・育成・登山の檄飛ばす

日蓮正宗・法華講の春季総登山が三月二十五・二十六日の両日、大石寺で行
なわれた。初日の二十五日には法華講連合会の役員らがニセ法主の早瀬日如と
の目通りの後、御開扉、更に、全国の末寺支部の講頭会を開いて折伏・育成・
供養・登山・末寺の御講への参加などの無理難題ばかりを押し付け、夜は客殿
で日如の下手な講義があった。

二日目の二十六日は早朝から登山者が乗用車で着山していたが、この日は未
明から春とは思えない冷たい雨が降り、気温は4度。強風・波浪注意報も出て
いて、底冷えのするなか午前七時からの御開扉に登山者は震えながら参加して
いた。

富士宮の北部は雪が降り、その影響で大石寺の周辺の道路は異常なほどの交
通渋滞になった。

春季総登山の中で主要行事となる法華講連合会の第五十四回総会の開始時間
である午前十時に間に合わず、遅れて着山する登山車両が見られた。

総会は広布坊を主会場にして大講堂、客殿、総一坊、総二坊、常来坊などに
分散して主会場の映像と音声を同時中継して行なわれた。

総会は体験発表の後、連合会副委員長の篠田泰夫の話に次いで日如が檄を飛
ばし、最後に委員長の星野浩一郎が挨拶した。

各登壇者は異口同音に、平成三十三年の「法華講員八十万人体勢構築」を達
成するため全支部が折伏・育成に全力で取り組むよう訴えていただけで、信心
の歓喜も感動もなく、勇気が湧くような話は皆無だったと参加者は落胆してい
た。

これでは登山者が増える筈がない。いつも行事の参加者数を知らせてくれる
連合会関係者は「今年も目標には届かなかった」と言うだけで、正確な数字を
明かさなかったところをみると、昨年よりも登山者が減ったようだ。

確かに、春季彼岸法要が終ったばかりで、四月になると、すぐに虫払い法要
の登山がある。

法華講員は厳しい経済事情の中、生活に追われている。功徳もないのに、本
山や寺にばかり行って供養する余裕などないだろう。

日如が言う「法華講員八十万人達成」は絶対に実現が不可能だと断言する。



 

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