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フェイク 第1587号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月17日(木)22時03分33秒
  (発行=17.08.17)

大石寺総代は僧俗共に謗法塗れ
信徒は神社参拝、坊主は道祖神の厄払い
総代の井出が三宮神社の祭礼に参列

日蓮正宗の総本山大石寺の総代・井出光彦が十三日、富士宮市内の三宮神社
の祭礼に参加した。三宮神社の祭礼は午前九時半ころから始まり、井出は社(
やしろ)に向かって拝礼していた。

井出が三宮神社に参拝したのは今回だけではない。創価新報(八月十六日付)に
は一昨年の八月にも同神社の神の聖域を示す「紙垂」で囲まれた社の前で合掌
・礼拝していた写真が掲載されており、例年のように参列しているのである。

この井出は、去る七月に大石寺の総代に再任されたばかり(下の辞令を参照)。

以前、井出は曽我神社の総代も兼務していた。そして大石寺の二大法要など
の際、ニセ法主の日如を先導して大石寺の境内を練り歩き、日如は謗法の総代
の後に続いて歩いていたのである。

 本紙前号で大石寺近郊の日蓮正宗の某寺のY副講頭が富士宮の上野地域を探
索する講座〔東西南北・歩こう上野〕という企画で五月二十七日に双体道祖神、
精進川浅間神社、馬頭観音の像の石造物や神社などを巡る案内役を務め、石造
物や神社の由来などを説明していたことを紹介した。

 更に、本紙第一五八二号では、富士地方部長の清功が六月、富士宮市・西山
本門寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列し、西
山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶達が経を上げ
ていた時、清功も同座し焼香したことも伝えた。

 実は、この清功は浅間神社の神事に参列する常連だ。平成二十五年八月、小
川只道(理境坊)が清功に向かって「地方部長の立場にありながら神社の行事
に参加するとは何事か! 皆さんの前で謝りなさい」と叱り付けたことがある。

だが、小川には法華講員に謗法行為を叱責する資格はない。平成三年六月十
六日、関西医師会の有志が大石寺を訪れた際、正本堂や大客殿を案内した小川
は観光案内の代価として金員を貰った。

 また、同年八月四日、大石寺近くの熊久保地区で道端の道祖神に向かって「
厄払い」と称して読経・唱題して〝謗法の人達〟から供養を受け取っていた。

 これだけではない。同六年十一月五日、身延派の布教師会一行が大石寺を訪
問した際、大石寺側が丁重に迎えた様子が身延派の「布教師會報」 第二十号
に「日蓮正宗総本山・大石寺研修参拝記」として掲載された。

「参拝記」の公表により、身延僧八人の見学は「大石寺内事部の理事からの応
諾の電話を頂戴」して実現したとか、後日、案内役の大石寺僧から丁重な礼状
が送られてきた等々、裏の事情が明るみになった。

この「大石寺内事部の理事」とは小川のことで「(身延の)皆様の暖かなお
心に触れ(略)暖かな気持ちで御案内申し上げることができましたことを感謝
しております」と礼状を送った。

この小川只道も大石寺の総代で、大石寺総代は坊主も信徒も謗法に塗れてい
る。

 
 

フェイク 第1586号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月11日(金)16時58分51秒
  (発行17.08.10)

法華講幹部が神社・道祖神を案内
日如の「日蓮正宗は謗法厳誡」は真っ赤な嘘
富士学林の小僧が今年も邪宗寺を巡拝

日蓮正宗法華講の幹部が富士宮市内の神社や道祖神などを案内して回ったこ
とが物議を醸(かも)している。

これは富士宮の上野地域を探索する講座〔東西南北・歩こう上野〕という企
画で五月二十七日に「双体道祖神」「精進川浅間神社」「川掛の山の神」「馬
頭観音」の像の石造物や神社などを巡り(下の写真参照)、その案内役が大石寺
近郊の日蓮正宗の某寺のY副講頭だったのだ。

案内役のY副講頭は講座の受講者達に石造物や神社の由来などについて真剣
に説明していた。

まず、双体道祖神は天明元年(一七八一年)に造立され、災いを防ぐ神とし
て、集落の入口に置かれた。

また、精進川浅間神社前には「熊野大神宮」「浅間大神宮」「八幡大神宮」
の幟が立てられ、かつて村内にあった神社がここに合祀されたものという。

川掛(かわがけ)の山の神は石祠(石で作られた祠)が並んでいる。神や仏を
祀る石祠は江戸時代に盛んに作られたようで、ここには「山の神」「稲荷」な
どが祀られているとのことだ。

 日如は教徳寺の移転法要の際、謗法厳誡に触れて「昔から日蓮正宗では神社
仏閣の前で草鞋(わらじ)の鼻緒が切れても、そこで結んではいけない、と言わ
れた。それは紐を結ぶ時に頭を下げてしまうからです」等と自慢していたが、
法華講幹部が神社や石造物を案内し、説明して回るのは謗法ではないのか?

 法華講員の間でも「神社を案内して回るのは、やはり謗法だ」との声が多い。

 また、富士学林の小僧達の謗法寺への巡拝は恒例行事になっている。

今年も六月二十日.富士学林大学科一年生の二十三人が参加して日蓮大聖人
に有縁の地である千葉県安房方面への日帰り旅行を実施した。

一行は、まず、東京都大田区の池上本門寺を参拝。その後、千葉県の誕生寺
の祖師堂、本堂、宝塔を訪れ、続いて清澄寺から鏡忍寺を順次、巡拝していた。

また、既に本紙第一五八二号で紹介した通り、富士地方部長の清功が六月、
富士宮市・西山本門寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」
に参列。西山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶達が
経を上げ、清功も同座し焼香もした。日如の言う謗法厳誡は真っ赤なウソである。


 

《創価大学広報より》ロケ地情報

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月 2日(水)20時01分28秒
  テレビ朝日系列ドラマ「刑事7人(第4話)」ロケ地の一部に創大理工学部棟他が使用されました!

今夜8月2日(水)21時からの放送ですお楽しみに。

番組HP: http://www.tv-asahi.co.jp/keiji7_03/story/0004/
 

フェイク 第1585号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月28日(金)22時06分44秒
  (発行=17.07.27)

宗門の財務部長・長倉日延が死亡
故人が不快感を抱いていた早瀬日如が導師
生前「早瀬と河辺にやられた」と嘆く

日蓮正宗の宗務院財務部長で北海道札幌市内の日正寺住職・長倉日延(権僧正)
が二十五日午後八時頃、死亡した。享年七十六歳。通夜は二十六日午後七時
から、告別式は二十七日午前十時から、いずれも早瀬日如の導師で行われた。

 通夜の際、日延の息子の長倉信祐が父親の略歴及び闘病生活に触れて「父は
ガンとの戦いで延命した」旨、語っていた。だが、実際は数年前に日延は胃が
んの手術をして、それ以降、術後の経過が悪く、命を縮めたと伝えられている。

 日延は昭和十六年六月三日生まれ、同二十九年に得度。能化になる前の平坊
主の時の名前は教明で、教師になって以降は実行寺、三之坊、本住坊、仏土寺
を経て平成四年十一月に大願寺に移り、同十一年九月には河辺慈篤との交代で
日正寺の住職になっていた。

 長倉教明(日延)が大願寺に移ると、約百世帯が富士宮市の妙蓮寺に所属替え、
その後も多くの講員が豊島区の常在寺など各末寺へ移籍。大願寺の御講等の行
事に参加する法華講員は減少の一途をたどり、激しい落ち込みを見せていた。

その理由は、法華講関係者によると、住職の長倉をはじめ寺族の冷酷な人間
性、特に、信徒を怒鳴りつける横柄な女房の多江子に対する不平・不満だと言
われていた。

寺族同心会大会で、日顕が〝住職の女房は態度が悪い。信徒をいたわり、優
しい言葉遣いの対応を心掛けるように〟と注意を促したことがあった。

あの〝かまし発言〟で知られる日顕でさえ注意せざるを得ないほど生意気な
言動の寺族がいて、その最たる者が長倉の女房だということだった。

 息子の信祐も大正大学で仏教学の博士号を取得しているものの、品行下劣な
言動で評判が悪かった。

 長倉は昭和五十五年、僧都に昇進して財務部長になり、以来、約三十七年間
にわたって務めてきた。

こんなに長い間、財務部長の地位にあったのは、都心の大願寺から札幌に左
遷されたうえ、部長の座まで奪われてなるものかと、その地位にしがみ付くこ
とだけに汲々としていたからと評されている。

 日正寺の地元では〝度外れた金狂い〟と非難され、供養の少ない講員には鼻
も引っかけない、信徒一人一人に「値札」を付けている、と言われていた。

 ところで、長倉が河辺慈篤と入れ替わりで日正寺へ移ったのは「大御本尊偽
物発言」の「河辺メモ」流出のあとである。

 当時、河辺の左遷人事と説明されていたが、実際は、河辺は〝栄転〟を喜び、
反対に長倉は「行きたくねえんだ。北海道へ」と凄く荒れていたという。この
件で長倉は「早瀬と河辺にやられた」と悔しがり、二人に対して不快感をあら
わにしていたという。この早瀬とは日如のことである。

河辺は既に他界したが、不快感を抱いていた日如が葬儀の導師では日延の悔
しさは倍加するだけで、救われないのではなかろうか。



 

フェイク 第1584号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月28日(金)22時00分13秒
  (発行=17.07.25)

伸びない折伏成果に焦る日如
勤行・唱題しない法主ら坊主と法華講員
法要でバタバタ倒れた講頭らの醜態

早瀬日如は平成三十三年の「法華講員八十万人体勢構築」が絶望的になった
今、焦った口調で坊主や法華講員に向かって盛んに「唱題して折伏せよ」と叫
んでいる。以前は「折伏しろ」の一辺倒だったが、最近では「絶対的な確信を
もって唱題に励み、その功徳と歓喜をもって折伏に当たることが肝要でありま
す」(七月度広布唱題会)等と同じような言葉を繰り返している。

先月は折伏成果が低迷している末寺の坊主を大石寺に集めて折伏推進指導会
を行なって檄を飛ばした。

その後も僧俗指導会を開いて折伏の進捗状況について厳しく追及しても各末
寺の成果は一向に伸びない。

布教部長の阿部信彰は春季総登山の際、今年の誓願目標を八月迄に、遅くと
も十月までには達成せよ、と強調したが、これも空念仏に終わることが確実だ。

〝法華講は七百年の歴史がある〟と自慢するが、その間、折伏など実践した
経験がないので、突然、八十万人構築とか言っても無理な話である。

そこで日如は己が大願寺時代から勤行・唱題をサボっていたのを棚に上げて
坊主や講員に「唱題して折伏せよ」と言い出したのだ。

だが、昔から法華講員の中で勤行・唱題する者は皆無に等しく、日蓮正宗の
坊主の間にも〝題目を上げるのは学会員だ〟という考えが定着していた。

 法華講の幹部が勤行・唱題などしていなかった実例を一つ紹介する。

昭和四十七年二月、大石寺の近くにある妙蓮寺に創価学会の池田会長(当時)
が願主となって四宿坊(蓮一坊、蓮二坊、蓮三坊、蓮四坊)が新築された。

落慶法要では日達法主の導師で読経・唱題した後、法主と会長が席を移動し
た。

続いて参列者が立ち上がろうとした時、最前列にいた法華講の講頭、総代な
ど幹部クラスの壮年が一斉にバタバタと倒れこんだ。

慣れてない勤行・唱題で足が痺れる

皆、足が痺れて立ち上がれなかったのである。互いに照れ笑いをしながら「
参ったなあ、足が痺れて立てない」「いつも勤行・唱題なんかしてないからな
あ」と言って足をさすっていた。

参加していた学会員は、当然ながらスッと立ち上がり、法華講幹部の醜態を
唖然とした表情で見ていた。

日々の勤行・唱題は信仰者として当たり前と思っている学会員と違って法華
講は幹部クラスも実践していないことが分かる出来事だった。

第一次宗門事件の頃、大石寺の六壺で所化が唱題していると、先輩から〝学
会員みたいなことをするな〟と怒鳴られ、いつも唱題する所化を指して「あい
つは怪しい〝学会寄り〟ではないか」とか「唱題している奴に気をつけろ」な
どと言われたという。

六壺で唱題している所化がいると聞いた日顕は、所化の指導会で唱題につい
て、こう指導した。「三十分ぐらい真剣に行うことは、よいと思うのでありま
す。しかし、それ以上は多すぎる事になってもかえって弊害があります」(昭
和五十九年八月行学講習会)

この日顕がニセ法主の座にいた間、夜の勤行をしたのは一度だけだった。


 

フェイク 第1583号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月20日(木)23時42分7秒
  (発行=17.07.20)

大聖人の御精神と無縁の大石寺
日蓮正宗が少年少女の合宿の参加を煽る
「八十万構築」に子ども達まで巻き込む

日蓮正宗は今月二十九・三十日に「中等部・高等部合宿」、八月五・六日に
「少年部合宿」を大石寺で行うが、各末寺では参加者の確保に苦労している。
そこで法華講機関誌「大白法」では「広布に羽ばたく人材になろう 中等部・
高等部合宿へ 総本山に集おう」(五月十六日付)をはじめ合宿に関する体験
談募集などの記事を載せ、更に「少年部合宿に参加しよう 元気いっぱい総本
山へ」(六月一日付)「少年部合宿の参加に当たって」(六月十六日付)や「
少年部合宿近づく」(七月一・十六日付)などの記事を掲載して子ども達の登
山を煽っている。

法華講には若者が少なく、青年部講習会にも年配者の参加が目立っていたの
で青年部を対象にした講習会は廃止になったが、中等・高等部員、少年部員も
少ない。

現時点でも未だ目標に達していないためギリギリまで登山申し込みの受付を
続け、七月十六日付「大白法」にも「法華講連合会では、一人でも多くの少年
部員が参加できるよう、追加申し込みを受け付けています」と書いている始末
だ。

中等部・高等部、少年部合宿の狙いは、大人だけでは平成三十三年の「法華
講員八十万人体勢構築」という無謀な誓願の達成が不可能なことが確実なので
子ども達まで駆り出して折伏させようとしているのである。

事実、これまでの少年部、中等・高等部の合宿では、代表の子どもに折伏の
体験発表をさせ、法華講幹部だけではなく、日如自らが中・高等部員に対して
折伏、勧誘を押し付けていた。
中学・高校生は本来、勉学に励み、スポーツで心身を鍛錬する年代である。

それを大石寺に集めて布教の一翼を担わせ、しかも小学生までも召集すると
は、浅井昭衛に洗脳されて勧誘に狂奔する邪教・顕正会と同様の悪質な教団だ。

子ども達を大石寺に集めるのに「四條金吾殿御返事」などを引いて罪障消滅
を謳っている。日蓮大聖人が身延への参詣を促された御文を大石寺に登山する
よう狡猾にスリ替えているのだ。

大石寺への登山は弊害

大聖人の滅後に創建された大石寺への登山は当然、御書には一切、述べられ
ていない。こう指摘すると、宗門関係者は身延離山の話を持ち出す。身延は大
聖人が晩年の約八年間を過ごされたが、民部日向や地頭の波木井日円の謗法に
よって汚濁した。大聖人は「地頭の不法ならん時は我も住むまじき」と日興上
人に御遺言されていた。

つまり、大聖人は〝謗法の山には、我が魂は住まない〟と宣言されていた。
この大聖人の御指南に従って、日興上人は身延を離山され、南条家の外護によ
って大石寺を創建された。

ところが、今の大石寺は身延よりも謗法にまみれている。「地頭」どころか、
相承なき悩乱したニセ法主が〝法主本仏論〟〝大聖人は迹、今の法主が本〟等
と唱えるなど大聖人の御精神は微塵もない。

今なら、大聖人は「法主の不法ならん時は我も住むまじき」と宣言されたに
違いない。こんな謗法の大石寺に、小・中学生、高校生を登山させるのは、子
ども達の将来のためにも弊害があると断言する。


 

フェイク 第1582号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 6月 9日(金)23時27分41秒
  (発行=17.06.08)

法華講の富士地方部長が謗法同座
謗法幹部の清功が「信長公供養祭」に参列
西山本門寺の僧の導師で勤行し焼香

日蓮正宗法華講の富士地方部長の清功(写真上)が六日、富士宮市・西山本門
寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列していた。

信長は天正十年(一五八二年)六月二日、京都本能寺に宿泊していた時、家
臣の明智光秀の謀反によって襲撃され、非業の死を遂げた。

ところが、信長の遺体は見つからなかった。そのため、密かに脱出し別の場
所で自害したという説や、信長を慕う僧と配下によって人知れず埋葬されたと
いう説などが後世に流布した。

また、事件当時も信長の生存説が流れ、光秀と対立する羽柴秀吉は、この噂
を利用して、味方を増やそうとしたと言われている。

西山本門寺の境内にある樹齢約五百年の柊の根元には信長の首が埋葬されて
いるとの伝説があり、「信長公首塚」(写真中)が築かれている。

供養祭を主催したのは信長公奉賛会で、同会は「織田信長公を供養し、会員
相互の親睦を図る」ことを目的に、平成二十三年に設立された。

供養祭は西山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶
達が経を上げ、法華講の富士地方部長の清功も同座して合掌(写真下)、焼香し
た。

清功は浅間神社参拝の常連で、曽我神社の総代を兼務する大石寺総代の井出
某と共に〝日蓮正宗の二大謗法幹部〟と言われている。

法華講幹部の謗法を
教導できない日如

平成二十四年九月七日、富士山本宮浅間大社の拝殿で中村徳彦宮司を祭司と
して富士山の夏山シーズンの終わりを告げる閉山祭が行なわれ、清功も大社役
員、氏子衆や崇敬者などと共に参列。お祓いの後、神職が約二ヶ月間にわたる
開山の終了を報告する祝詞をあげ、清功は参列者を代表して玉串を奉納した。

翌二十五年七月一日には「富士山お山開き」で富士山本宮浅間大社と富士根
本宮村山浅間神社で登山の無事・安全を祈願する神事が行なわれた時も清功は
参加していた。

こんな清功の謗法同座の行為に対しても法主の日如は知らん顔を決め込み、
教導できないのである。


 

フェイク 第1581号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月25日(木)21時14分32秒
  (発行=17.05.24)

日如ら坊主の講義は今年も不評
大石寺で実りのない夏期講習会が始まる
空理空論の講義に参加者は「馬耳東風」

日蓮正宗の第十四回法華講夏期講習会が二十・二十一日に大石寺で始まった。

今年のテーマは「折伏育成のために―自行化他の実践で誓願達成―」。宗内
情報によると、このテーマは早瀬日如が独断で決めたということだ。折伏・育
成が低迷しているため業を煮やした日如が顕正会のように法華講員を信者獲得
に狂奔させるのが狙いなのである。

各末寺には夏期講習会参加の人数が割り当てられていたが、宗門関係者によ
ると、今年も割当人数に満たない末寺支部が幾つもあるという。

特に、最近は年間を通して支部登山などノルマが増えているのに加え、法華
講員の高齢化が進んでいるため、夏期講習会の参加者も減少の一途をたどって
いるのが現状だ。

そのため第七回講習会からは以前の十期から半分の五期に縮小した。

 また、従来は第五期の講習会は青年部を対象にしたものであったが、青年部
の講習会に若者ではなく、年配の参加者が目立っていた。若い講員は殆どいな
いし、講習会に若者が集まらないので昨年から青年部講習会は廃止になった。

講義内容はマンネリで、第一期初日の二十日の一時限目が「法華講員八十万
人体勢構築への折伏戦と組織作り」、二時限目は「法華講員の心得」、三時限
目は「広布の人材育成の推進」というものである。

三人の担当講師は、いずれも折伏の実践経験のない坊主で、観念論を振りか
ざして折伏の檄を飛ばして、入信した者を登山や御講に参加する信者にしてい
くよう訴える〝十年一日〟の如きもので不評だった。

担当講師の坊主は自らが折伏をした経験が全くないので、自分の折伏体験な
どを披露できない。

日如にしても、折伏はできないし、立派な信徒を育てた実績もない。そのた
め、かつて大願寺に在勤した経験のある改革同盟の渡辺雄範氏は日如を「言行
不一致の悪僧」と指弾していた。

この日如に限らず担当講師の坊主は口先だけの空理空論ばかりだから、参加
者は聞き流しているといった感じで、講義の時、殆んどの受講者は終始、無関
心の表情をしていた。

 法華講の講習会は以前、未活動者も参加対象にして、強制的に連れ出してい
た。

ところが、講義会場で居眠りする者、会場を抜け出して山内を勝手に散策、
またタバコを吸いながら雑談する者なども多かった。

そこで参加対象を絞って講頭、副講頭、認証幹事、支部役員及び活動家を対
象にする今のように変更したのだが、相変わらず実りのない講習会になってい
る。


 

フェイク 第1580号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月13日(土)10時32分32秒
  (発行=17.05.11)

「妙の字は若い女の乱れ髪」?
日顕の低劣・下品な妄説、珍説、愚説を笑う
今月から始まる夏期講習会に参加する価値なし

 日蓮正宗大石寺での法華講夏期講習会が今月二十・二十一日の第一期から始
まる。この講習会で思い出すのはニセ法主元祖・日顕の低劣で下品な珍説法で
ある。

 今の日如の講義は教学部副部長・宮野審道や寂日坊の永栄義親(教学研鑽所)
らが書いた原稿を棒読みするだけだから、法主の講義といっても有り難がって
拝聴する者は少なく、受講者は「聴いても何の役にも立たない」(壮年)と不評
なのだが、日顕は卑猥な話とか怪談が定番になっていた。

 日顕は受講者から笑いを取ろうとしていたのだが、講義の最中、イヤらしい
笑いを浮かべていたのは日顕一人だけで、エロ説法の際、男性講員はムッと怒
った表情で聞き、女性講員は赤面して下を向く者が多かった。

 そんな日顕の説法の一部を紹介する。

 「釈尊が成道する前に、も~、非常に女人が出てきましてね。あらゆる女人
が裸で、ウフッ(日顕はイヤらしく笑う)出てきて~、スッ裸になったり~、裸
体を晒すんです。ウフッ、それで所謂、情欲を仏様の~、ズヒ~(日顕が息を
吸う)、まあ~……」(平成十六年)

 こんな調子で話をしていた。特に「若い女の乱れ髪」は本紙が以前、紹介し
たので有名になったが、ここで改めて振り返る。

 日顕は一念三千について説明した際、妙法蓮華経の妙について「この『妙』
ということはね、『妙の字は若い女の乱れ髪』という詩を知っていますか?
若い女の乱れ髪、結う(言う)に結われず、解く(説く)に解かれず。あの乱れた
髪がね、だから結うことも出来ない、解くことも出来ない。それが若い女の髪
が乱れた時のねえ、ウフッ、まあ、要するに、それが『妙』であります」(平
成九年)

 若い女の乱れ髪とか男女の愛欲について得々と語っていたが、これが法主の
夏期講習会での講義だったから驚き、呆れるではないか。日顕が悩乱している
のが、良く分かる話である。

日顕はエロ説法と怪談

 他にも日顕のエロ説法は多いが、本紙の品位が汚れるので割愛するが、幽霊
の話など怪談も多くあった。

 「通力のある人は『ここに何かいるな、アッこれは鬼だな』とか、あの『幽
霊だ』『これは前に男に捨てられて、子ども産んで子どもと一緒に死んだ人の
霊が、ここにいるな』とか、通力のある人には、よく分かるんです」(平成九
年)

 こんな話を聞くと、日顕自身が若い頃に騙した女性の怨念を感じているので
はないかと勘繰りたくもなる。

 これは行学講習会での話だが「幽霊はいると思う。ワシが本行寺の住職をし
ていたとき、(ある信徒が)『息子に幽霊が馬乗りになっている』というのを
聞いたことがある」(昭和六十三年)等の幽霊の話ばかりか、教師講習会の閉
講式では「やっぱり霊能者っていうのがいるんです」「(霊能が)事実、当た
ってんです」(平成十七年八月)と霊能者や他宗教の「拝み屋」を肯定するな
ど、日顕の怪談や珍説は枚挙に暇がない。

 以上、簡単に記した通り、日顕はエロ話とか怪談だったが、今の日如は平坊
主が書いた原稿の棒読みで、こんな夏期講習会に参加しても時間と費用の無駄
である。



 

フェイク 第1579号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月 2日(火)22時49分45秒
  (発行=17.05.01)

宗史の美化が日蓮正宗の常套手段
園田司道の虫払いでの布教講演を糺す
五重塔の重要文化財指定は学会の外護による

日蓮正宗大石寺での虫払い法要(四月六日)の際、本修寺(東京都足立区)の園
田司道が欺瞞の布教講演をしていたので、前号の合原歓道に続いて糺すことに
する。園田は「折伏と育成で広布へ前進」と題する講演で、前半は五重塔の建
立から今年一月の修復完成までの経緯を語り「昭和四十一年、国の重要文化財
に指定された」と述べていた。

この五重塔に関しては本紙1570号でも詳述したが、かつて五重塔は朽ち
かけていて、それを修復したのが創価学会であり、この学会の外護による修復
の結果、国の重要文化財に指定された事実を園田は一切、触れずに隠していた。
園田の話は狡猾な宗門の体質を如実に物語っている。

宗門にとって、都合の悪いことは素知らぬ顔で伏せて宗門史を美化するのが、
日蓮正宗の汚い手口であり、最近では「富士年表」も改竄して、学会が全国に
末寺を建立寄進した事実を隠し、宗門が建立したかのように書き直している。
三百五十六ケ寺の建立の全てを改竄しているのだ。

本号では園田が隠している五重塔の修復について、改めて述べる。

明治の頃、五重塔の銅瓦を売却し、その代金を着服して贅沢三昧に耽り、自
宅を豪邸に造り替えた悪僧がいた。この頃の法主は第五十五世の日布で、この
日布について第五十九世・日亨上人は「おだやかな人でね。ほとんど生きてい
るか、死んでいるか分からんような穏健な人」と語っていた。

こんな無能法主を騙して悪事を働いた坊主について日亨上人は次のように語
っていたので、少し長くなるが紹介する。

「その頃、久成坊に長谷川という現代向きの世才家があってね。すっかり、
人の良い日布上人をごまかしてしまった。自分の家などはね、文化式というか、
ほとんど旅館同然にこしらえたんですよ。中に廊下をはさんでね、南北にずっ
と客室をこしらえて。便所なんかでも立派なもんでしたよ。そんなことには才
があった。

ところが、ひどいことには五重塔の銅(あか)瓦をごまかして儲けたわけです。

この頃、トタンという珍しいカネができましたから、そのカネでもって作る
というと、萬代むきで、銅(あか)がねのように錆びはしませんから、トタンに
五重塔をふきかえた方がいいです、なんて貫主さんに言った。

貫主さんは何にも知らん人で、そうか、そんなものができたのか、じゃ、よ
ろしく頼むなどと言って銅を高く賣っちゃって、トタンぶきにしてしまった。

そういうバカなことをやっている。そして、それを塗ればよいのに塗らない
でおいたでしょう。そのトタンが錆びて、そこから漏るようになってしまって、
それで仕様がなくて、日應上人時代にですね、そのトタンをはいで、瓦にして
しまった。それが充分でないから先年、學會の厄介になって修理した」(「大
白蓮華」昭和三十一年十二月号)

トタン屋根や朽ちかけた五重塔であれば重要文化財には指定されていない。

この他、布教講演で園田は慈悲の心、柔和忍辱について語っていたが、これ
は法華講員にではなく、住職を自殺に追い込み、隠居させ、左遷する無慈悲な
日如に向かって言うことだ。


 

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