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閉鎖します

 投稿者:元館長  投稿日:2014年11月16日(日)07時25分45秒
編集済
  こちらの掲示板は管理パスワードを失ってしまったので閉鎖いたします。御連絡の際は下記をご利用ください。

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四段補へ

 投稿者:元館長  投稿日:2014年 4月21日(月)18時04分1秒
  私が一流派として独立し源清館を立ち上げたとき、私自身の段位はどうなるのか?と悩んだものでした。
段位は授かるものであり自分で勝手につけるものではありません。

「初段の弟子しかいないから弐段でいいでしょう、弐段の弟子を育てれば参段に・・・」と言ったのですが、周囲の反対に合い、他流でもらった最高位である四段ということで落ち着きました。しかし、私の定義では貰った四段自体が不相応と思っていましたので、「公称四段、自称弐段」と常々考えていました。

私の定義では「受け技の完成」によって参段。「勝って打つの完成」で四段としていました。
流派の一員として試合を行い、自流のルール内で完璧な受けができるというのであれば、そう困難でもない定義なのですが、流派の長としては、あらゆる格闘技の攻撃を全て防御可能ということでなければならず、追求すればするほど「矛盾」の故事のごとく泥沼と化す一方でした。

しかしながらこの度、また一つの境地に至り、弐段改め四段補への進捗があったことを記しておきます。

「継承候補しかいない小流派で、何をして四段を名乗るのか?」との問いに答えるなら、

完全無欠の受け技の追求とは、結局のところ、現存する防御技術を否定する攻撃技の開発であり、その極まりにあったのは究極の防御ではなく、防御不能の攻撃技であったということです。

すなわち、「打つ」と決めれば必ず当たり、正確な防御は人間生理として不可能な攻撃方法を得ました。

しかし、この山は登るほどに頂上の高さに感嘆するばかりです。
この技術も型に記してありました。しかも初級者が習う内範置Ⅰの型です。
また、流祖が空手を捨てた理由もここにあったかと思わずにいられません。

ともあれ、自流の流儀に従い、昇段すれば白帯からのやり直しです。
四段補として自らを鍛え「勝って打つ」の四段業を技として実現すべく励みます。

押忍。
 

崩壊

 投稿者:元館長  投稿日:2012年12月17日(月)21時01分24秒
  皆さんは選挙に行きましたか? 私は行きませんでした。無駄です。

東電は死体遺棄・損壊をし、厚労大臣もそれに加担したことを認めているのに未だに誰一人逮捕されません。

枝野は「直ちに影響はない(=すぐには死なない、後で苦しみます)」で多くの国民を被曝に導いた張本人であり、当人も国会答弁でそれを認めているのになんの罪にも問われず再当選。

この二件は公の情報で誰にでも確認可能な明確な犯罪。

これを警官に「早く捕まえろ!」と詰め寄っても「・・・」


こんな国で選挙が正しく行われるわけがありません。


そろそろ目を覚ましませんか?それも無駄ですか?

 

(無題)

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 8月12日(日)20時00分53秒
  二重の管理<武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著>


小脳管理状態といっても、それは意識が小脳に移行して小脳で戦い続けるといったものではありません。これは今後の研究が待たれる分野ですが、小脳に認識を形成する機能はないと思われます。

では、どのような状態を「小脳管理」と表するかと言えば、危機に関する情報が認識に上る以前に「体が勝手に動く」状態で、具体で言えば、

1. パンチが、「来た!と思ったら、体が勝手に防御していた」のは小脳管理ではなく、

2. パンチが、「自分には見えてないのに、体が勝手に防御していた」なら小脳管理状態です。


1.の状態は、小脳機能を呼び出していますが、情報が「心」を経由しています。

2.の状態に入ると小脳が独自の知覚経路を使用して回避行動を開始します。呼び出しが外界からダイレクトに小脳につながるのでより早い反応になりますが、我々自身である「心」は、その動きにはついていけません。


私が初めて1.の状態になったときに、師匠に誉められました。師匠に誉められたのはこれまでに3回しかなく、その内の貴重な1回です。

1の状態を常に体現できるように毎日受けを2千本練習していたところ、自分では予想もしていなかった2.の状態が試合中に突然出現し、今度は師匠に叱られました。曰く「受けたことにビックリして動きが止まってる」。

さすがに、「受けは練習したけど、+反撃まで練習していませんでした。」とは言えませんでしたが、ビックリしていたのは事実です。自分に見える以前に体が勝手に受技を行い、「心」が認識できるのは「受けといたよ!」という体からの事後報告です。「心」の方では「わっ!手が勝手に動いた!」とか「何?突きが来てたの?なんで受けられたの?」と混乱の極みです。それから、「反撃だ!」と思い立っても間に合うハズがありません。

何かに驚いたとき、体がビクッ!と動き、驚きやその原因情報が「心」に到達するのはその後ということがあります。これと同じですから小脳の機能としては、それほど特殊なものではありませんが、意図的に練習した動作を小脳に選択させるということになると、いささか状況が変わります。

1. 心の一貫性
第一に「心」が驚かないようにしなければなりません。「心」が大脳にアクセスして思考を開始すると、そちらが優先され小脳機能は大幅に制限されます。したがって小脳機能が発現しても、それさえ「一状況」として飲み込めるような一貫した「心」のあり方が必要です。

2. 基本の重要性
小脳機能が発現するときに現れる動作は、練習の動作そのものです。過去の経験から小脳が選択するわけですから当然のことですが、その能力を高めるのに「かたち」が非常に重要で、小脳は基本の動作を行おうとします。

3. 間接的コントロール
この小脳機能は直接のコントロールができません。つまり「受けて+反撃」を練習すれば、それを行い、「受け」だけにするということができません。私は幸運にも怠け心で「受け」だけを練習した結果その両立ができるようになり、他人を怪我させることなく済んでいますが、「小脳に何を書き込むのか?」という問題は道徳観だけではなく、段を踏んで強くなるという武道のあり方に関わる重要事項です。またこの「間接的コントロール」は1.心の一貫性とも関わります。

以上3点が小脳管理に至るための、ポイントであり機会を見て論じていきたいと思いますが、この3点を見れば分かるように「小脳管理」とは「小脳が危機を独自に管理する」と同時に、「小脳の書き込みから制御までを管理する」という二重の管理を意味します。
 

基礎化

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 8月 5日(日)00時51分51秒
編集済
  基礎化
ソリューション画像
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戦いでメインになるチャンクを育成する過程も前回の小チャンクとほぼ同じであり、相手の状態を把握する要素を選び、それが一定条件になったら行うべき動作を指定します。こう書くと、ややこしい表現ですが、実体的には約束組手と、そのイメージを利用した1人練習です。

しかし、下記条件を満たす必要があります。

※ 選ぶ要素は2つ以下にすること。
※ 2要素は常に同じもの、技によって変更しない。


3つの把握能力があるのに、2要素で把握するのは、空きがあれば特殊条件を付加できるからです。例えば3+αのαである貼り付けチャンクを入れる場合もありますし、地形やその他の危険要素を組み入れる可能性もあります。また、3要素で把握するよりも2要素の方が即応性に優れます。究極的には1要素で空き2つが最良でしょう。常に同じ要素で把握するのも当然のことで、技によって変えるのではスイッチを多数設定するのとかわりません。但し、打撃と組み技では変更する必要があるでしょう。

また、一般的には各要素それ自体がチャンクです。例えば誰でも距離感を持っていますが、人間の目に距離を測る機能はありません。本来2次元情報である視覚から経験により距離を推測するのであって、写真を見ても前後関係を把握できることが何よりの証明です。これを具体で言えば、左右眼の視差角、焦点深度、既知物の見かけの大きさ等々ですが、これらを考えながら距離を把握する人はいないでしょう。「ぱっと見」の把握で、避けるのも、手を伸ばすのも特に問題なく行っています。

つまり、距離感は一つのチャンクでありながら、3つの把握力の1要素として採用し得るほどに「基礎化されている」と言えます。基礎化されたチャンクは、さらに上位のチャンクを構成することができ、可能性として無限性を持ちます。距離感の連続把握はスピード感であり、初期的には2チャンクで距離差と移動時間で把握していたものを1チャンク化しています。非直線の運動を予測するのはスピード感に軌道の要素をチャンクしたものです。

このように、人間の一般的な感覚も、すでに複層のチャンクを形成していますので、特殊用途である「戦いのチャンク」には各流派独自の基礎化チャンクが編入されるのが当然のこととなります。つまり何を要素に選択すべきか?は各流派によって異なります。主要な情報は基本技や型、組手練習の方法に収納されているでしょう。

以上が小脳管理状態に移行するための基礎となりますが、これだけでも選択反応に要する時間は大幅に短縮されており、これが完成していない相手とは明確な差がでます。
 

チャンク・トリッガー

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 8月 2日(木)00時06分41秒
  チャンク・トリッガー <武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著>

ここまでの流れを総括しておきましょう。
 
1 大脳は日常の処理スピードに問題はないものの、コンマ数秒単位で判断を求められる運動には動きの遅い器官です。
 
2 したがって、大脳による判断機能を停止し、主観本体である「ラベルを呼び出せない自分」「太陽・地球・月をシミュレーションできない自分」に、ダイレクトに情報処理させる必要があります。
 
3 そのために脳内MAPを作成し、頭(大脳)を空にして、心は満たす状態をつくります。
 
4 心に満たすものは、特定の情報をチャンクとして読み出し、即座に結論を心に映す機能をもったものです。
 
 
さて、戦いのチャンキング機能(以下チャンク)は心に置くものなのですが、「好き嫌い」や「思い出」などの一般的な感情像とは違い、釣りのアワセのように必要な機能に特化した心なので、意図的につくりあげる必要があります。
 
例えば「選別作業」をしたことがあるでしょうか?良品の中に混じった不良品を取り除く作業です。
 
1 最初は注意深く「不良品」を見つけています。→大脳で良・不良を判断。
 
2 慣れてくると「不良品」の特徴に気付きます。→大脳で不良のみを探す。
 
3 さらに、その特徴を素早く見つける方法を発見します。→チャンクの育成。
 
4 その方法で問題ないことが確認されるとチャンク化して、別の関心事に心を傾けたり、人と話しをしながら作業を継続できるようになります。→小チャンクの心への貼り付け。
 
この小さなチャンクは、普通の心にペタリと貼り付ける感じで使用します。太陽・地球・月のシミュレーションで3に出した課題、「地球に寄り添う月」です。地球がちゃんと自転・公転してるかどうか確認の注意を向けると存在が消えかける月がこのチャンクです。
 
「話をしながらの選別」のように同時性の要求が低い作業では、話しの合間に一瞬だけこのチャンクを呼び出して「選別」し、すぐに話題に戻ります。話しは大脳で組み立てているので、心にある小さなチャンクを使っても途切れることはなく、チャンクは瞬時かつダイレクトに心で判定しますから、大脳を使用しません。
 
ここで選別ミスをするのは、見ているつもりで「チャンク呼び出し」を忘れるからです。そして「もっと、ちゃんと見ろ!」と怒られて、「ハイ、スミマセン」と反省するのですが、また話に花咲くのが人間です。
 
ところが、そのうち「チャンク呼び出し」を忘れて話に没頭しているのに自動で不良を発見して「あっ!あった!」と驚くようになってきます。心が3要素の1つをチャンクに割り振り、2要素のみで他のことを行うバランスがとれるとこのような状態になります。
 
「探してるのに、あるとビックリする」という経験があると思いますが、これはチャンクというトリッガーを仕掛けて心に響くようにしてあるからです。チャンクは良品では意識されず、不良品が来ると突然、心にダイレクトに反映されるので驚くことになります。似た現象に、ホラー映画の絶叫シーンがあります。「来る、来る」と思わせておくと、観客自らが心にトリッガーを仕掛けて素直に驚きます。子供の飛び出しもそうですね、「あ、飛び出しそう・・・」と思っているのに飛び出すと、「うわあ!」と急ブレーキです。
 
ところで、この補助的な「貼り付けチャンク」は、対戦相手の特殊技に有効です。初めて見る技には不覚をとるものですが、技を覚えてチャンクを心に貼っておけば、繰り返しは食わないものです。そのとき、ホラー映画のように驚くだけでは意味がありませんから、チャンクの結果反映には、防御方法を指定しておきます。
 
「そんなので防御できるの?」と思うかもしれませんが、選別作業では「発見!」を反映に指定しているので驚きます。「ごみ箱」を指定ておけば、黙って捨てます。飛び出しも中途半端に「あれはヤバイよ!注意!」で指定を止めてしまうから驚き、「即時停止」と指定しておけば、落ち着いて停止します。もちろんホラー映画も「驚き」以外を指定すれば驚きませんが、それでは何のために見るのか分かりません。
 

チャンク

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 7月29日(日)09時22分3秒
  チャンク <武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著>


3集合対4集合で確認した3つの把握力は、1.太陽からの距離 2.地球の公転軌道 3.地球の自転 という三つの要素をイメージすることで消費されています。立体物の運動把握には最低でも「距離」と「軌道」の2要素を消費しますから、人間が把握できる立体運動物は一つです。

この能力の限界は球技を見てもわかります。一般的球技でボール複数を同時に使うものは見当たりません。あったとしても、人間の把握能力を超えているので、プレーヤーも観客も面白くは感じないでしょう。自分の見てないところで点が入っても納得できるならスポーツ中継を見る必要がありません。結果だけ知れば良いのです。


計算という運動も 「1と1で2(答え)」 で 3要素です。1+1+2=? とやってしまうと、どこかをまとめ「1+1+2⇒2+2=4」と「1ベース 2加算量 3結果」の3要素にしないと計算ができません。しかしこの方法なら一度に計算できます。
https://lh3.googleusercontent.com/-_al_fA0ESvI/UBSBxrFMYyI/AAAAAAAAAcQ/U9M5tDTwdlw/s640/five.gif

アニメーションは1+1+2と1+1+3と1+2+3を0.5秒間隔で0.1秒表示していますが、釣果は瞬時に確認できると思います。「チャンキング」といいます。「3つ + 1結果」 の4要素も見慣れた配置なので、本来なら頭の中でまとめ(チャンク)しなければ得られない回答が先に情報として飛び込んできます。

つまり、戦いもチャンキングして3要素として把握すれば、スイッチ一つで複数の結果(動作・対応)を得ることができるということです。
 

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 投稿者:元館長  投稿日:2012年 7月27日(金)22時59分36秒
編集済
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<武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著>

誰がスイッチを選択するのか?と言っても自分以外にいません。しかし、多数のスイッチを設定し「情報を得て、判断して、行動」では、また0.3秒に逆戻りです。

解決方法は単純です。人間が把握できる数にスイッチを減らしましょう。 「じゃあ、3集合は把握できるから3つだな」と思うかもしれませんが、残念ながらあれは静止画像です。動くものを把握する能力はまた別になります。以下のテストでわかります。


1 宇宙に浮かぶ太陽を想像します。

2 そのまわりを地球が飛んでいます。地球はちゃんと自転させてください。

3 それができたなら、地球と一緒に月を飛ばします。最初は一緒に移動していればOKです。

4 次は、地球の公転軌道に合わせて地球を周回する月です。

どうでしょうか?正確にイメージできるのはどこまでですか?月を飛ばす時に太陽が無くなってはいけませんし、地球の自転が止まってもアウトです。全ての天体の指定した運動を同時にイメージしなければいけません。恐らく、大半の人が2か3でしょう。4がイメージできるという人に、お目にかかったことはありません。

2がイメージできる人で運動体の把握能力は「1」。つまり把握できるのは一つということです。太陽は背景ですから動かせた=把握できた天体は地球だけなので「1」です。

3で、「1プラスα、2未満」。ここでの月は寄り添うだけですから、謂わば一点だけ変化しない特殊な模様です。2天体を動かしたとまでは言えません。

4ができたら貴方は人間ではなく、恐らく他の生物です。それでも把握能力は「2」です。もし、4以上をできる人がいたなら地球とは周期が違う火星や金星を飛ばしてください。把握能力は飛ばせた天体の数だけあるということです。そんな人(?)がこの文を読む必要はありません。思い通りに戦ってください。誰も貴方に勝てる人はいません。

他にもこんな方法もあります。1+1=2 2+2=4 誰でもできる計算ですが、同時並行では計算できません。答えを知っていても設問の1+1 2+2 を同時に頭の計算機に入力することができません。

つまり、人間が把握できる運動は一つです。だからスイッチは一つです。

「どうやってたった一つのスイッチで戦うんだ?」との声が聞こえてきそうです。
 

ラベルとスイッチ

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 7月26日(木)20時19分23秒
  ラベルとスイッチ

<武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著>

もう一つ「心」と「記憶」が別体である例をあげておきます。それは次に記す「心の機能」にも関係ある事柄です。

誰しも、人や物の名前を思い出せないことがあります。「あれ?名前が出てこない?一緒に仕事したのに!」「あのー、あれ・・・あーなんで好物なのに名前が出てこない?」こんな調子です。漠然とした、好き、嫌いや過去を共有した想いはある。しかし具体がでてこない。否、手繰り寄せればボンヤリと情報は出てくるんだけど、どうも記憶そのものではない。

これが、「心」が形成されているのに、記憶にアクセスできない状況です。感情や感覚が寄り集まった「心」は再現できているので、具体性が低い不完全な記憶はありますが、名前が出てこない。しかし、名前が出てくると他の記憶もドッと押し寄せるように再現され、「何でこんなに沢山の記憶があるのに、思い出せなかったんだろう?」となるものです。


さて、上のことがらに関係ある心の機能です。

釣り好きには、ハリスを結ぶのも楽しみの一つです。釣れた魚の大きさが同じでも、自分で結んだハリスと買ったハリスでは価値が違います。では、思い出してください。「外掛け結び」と「内掛け結び」。

どうでしょう?通常、自分が好きなほうの結びを使いますから、どちらかは記憶の箱にしまいこんであり、詳細は「えーと確か・・・」と箱を開けて取り出すことと思います。つまり、その記憶には「○○結び」とラベルが張ってあり、通常アクセスしないので記憶の奥にしまいこんであるわけです。名前が出てこないのは、この「ラベル」を見失ってしまった状況ですが、これが、心と記憶のアクセスの一つのあり方です。

もう一つ心の機能を見てみましょう。

釣りは、なんと言っても、針掛りの瞬間が最高の一瞬です。とくに、ウキの沈み始めに魚を咎めるように掛けるのが最上でしょう。では、思い出してください。竿の角度は?スピードは?力加減は?

「そんなの考えてないよ」 「魚に合わせて、そのとき次第だよ」 それが実感でしょう、しかし、全くの記憶無しでできることではありません。上手、下手があり経験の有無も重要なわけですから、どこかにある記憶にアクセスして、最適を選び、或いは「魚に合わせて」瞬時に状況判断(記憶参照と選択)を行い「あわせ」に成功しているわけです。

これは前述の「ラベル」と全く正反対の状況です。心に「あわせ」のスイッチがあり、それを押すとアクセスした意識もないほど瞬間的に記憶と情報を選択して現実に対応しています。

「要するに経験だよ」と一言で表すこともできますが、正確に「要するに失敗の積み重ねだよ」と言うならこれも正解です。スイッチ機能を有効にするのは失敗の積み重ねです。失敗が選択の幅を狭め、狭まることによって状況判断のスピードと正確性が向上します。

「俺は釣りしないから分からないよ!」という人は、それぞれの趣味を思い浮かべてみると良いでしょう。「ラベル」は、あなたが持っている「こだわり」です。こだわる過程で採用しなかったものの情報にはラベルが付いてしまってあると思います。

「スイッチ」は即応性が要求される技能です。楽器のアドリブ、バイクのアクセルターン、セイルボートのジャイブ、考えて練習するんだけど、できるようになる時は考えてない。そういったものには「スイッチ」があります。

「ラベル」と「スイッチ」。戦いに有利なのは当然、「スイッチ」のほうですから、釣りで例えるなら「釣りに行きたい」の心ではなく、「あわせ」の心です。

しかし、釣りが「あわせ」に集中できるのに対し、戦いには攻撃と防御があり、間合いがあり、虚実があります。それぞれに「スイッチ」をつくりますか?では、そのスイッチの選択は誰がやるのでしょうか?
 

記憶・感情・心

 投稿者:元館長  投稿日:2012年 7月26日(木)00時43分18秒
  記憶・感情・心   <武道の鍛錬で高くなる!身長を高くするトレーニング 日本空手道源清館著> 


戦いのとき、心の器に満たすものは?と聞けば「闘争心」「気合」「集中」「静寂」「闘魂」「怒り」「爆発」等々が思い浮かぶのが一般的かと思いますが、まず考えなければならないのは、それぞれの言葉(心)は、それまでに培ったものから発生しているということです。

つまり、闘争心であれば、豪快な技のイメージ、打撃を受けても挫けない心の強さ、休むことなく戦うスタミナ、等々。人それぞれで一言では言い表せない技術や精神状態その他諸々が渾然一体となったものが「心」です。

例えば、誰かを思い浮かべてみましょう。その人の表情、仕草、一緒に行った場所・・・。記憶は大脳に問い合わせて引き出しますが、そこに感情が記録されていないのが分かるでしょうか?感情は記憶よりも深い位置で、手繰った記憶を反芻するかのように心に広がることと思います。その初期反応のスピードはとても早く、注意深く自分の脳を観察しないと記憶の位置と感情は一体となって感じることでしょう。

しかし、その「誰か」に関わる様々な感情が一丸となって頭のどこかに形成されており、「手繰り寄せた記憶」とは別にあることは確認できると思います。それがここで言う「心」です。


では、心を分解してみましょう。例えば「釣り」です。私は釣りが好きなので、釣りの楽しさにスポットを当ててみます。

釣りは、夜明け前の出発も苦ではありません。逆に言って、釣り場で準備が整った後に夜が明けるほうが満足感があり、夜明け前の出発は楽しみの一つです。エサ屋でエサを買います。これも楽しみです。特効エサが入手できたときの喜びはひとしおです。一つ一つ解説していたらキリがありません。堤防まで歩く道、釣り場で出会うカメ・イルカ、あたりが来た瞬間、アワセ、針掛り、玉網入れ、取り込み、絞め、捌いて、食べる、等々・・。

これら全てが、釣りを好きになった要素であり、各々に記憶と感情があます。しかし、「ああ、釣りに行きたいなあ」と思うときに湧き上がる感情は、個別に辿った記憶を一つ一つ見るものではありません。それらを総合した「ああ、釣り!」という思い全体が釣りという「心」を形成しているのです。

釣り好きな人なら、この文を読んで心の器に半分くらい「釣りの心」が注がれてしまったかと思います。満タンにしてしまったらもう行動開始しているはずです。「心の器をいっぱいに満たす」とは、そのくらいの状態です。
 

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