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神戸大学医学研究科感染症内科教授 岩田健太郎氏

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月19日(水)22時08分46秒
編集済
  ↓ツイート
https://twitter.com/georgebest1969/status/1229742057746419713?s=21

以下文字起こし

岩田健太郎です、
神戸大学病院感染症内科教授をしていますが、今からお話しする内容は、神戸
大学など所属する機関とは一切関係なく、私個人の見解です。
あらかじめ申し上げておきます。

今日、2月の18日にプリンセスダイヤモンドに入ったんですけど、1日で追い出
されてしまいました。
何故そう言うことが起きたのかについて、簡単にお話しようと思います。

もともとその、プリンセスダイヤモンドはすごく、そのCOVID-19の患者がどん
どん増えていくということで、感染対策がすごくうまくいってないんじゃない
かという、あの、懸念がありました。

で、環境感染学会が入り、FETPが入り、行ったんですけどあっという間に出て
いってしまって、で中がどうなっているかよく分からないという状態でした。
で中の方から、いくつかメッセージを頂いて、すごく怖いと。感染が広がって
いるんじゃないかと私に助けを求めてきたので、いろんな筋を通じて何とか入
れないかと打診してたんですね。

そしたら、昨日、2月の17日に厚労省で働いている某氏から電話が来て、入っ
てもいいよと、やり方を考えましょうという事でした。

で最初、環境感染学会の人として入るという事だったんですけれども、環境感
染学会はもう中に人を入れないという決まりを作ったので、岩田一人を例外に
できないということで、お断りをされて、結局DMATですね、災害対策のD-MAT
のメンバーとして入ったらどうかというご提案を厚労省の方から頂いたので、
わかりましたということで、18日の朝に新神戸から新横浜に向かったわけです。

そしたら途中で電話がかかってきて、誰とは言えないけど、非常に反対してい
る人がいると。入ってもらっては困ると言う事で、DMATのメンバーで入るとい
う事は立ち消えになりそうになりました。

すごく困ったんですけど、なんとか方法を考えるということで、新横浜で待っ
ていたら、またもう一回電話がかかってきて、D-MATの職員の下で、感染対策
の専門家ではなくて、DMATの一員としてDMATの仕事をただやるだけだったら入
れてあげると、非常に奇妙な電話を頂きました。

なぜそういう結論に出たのか分からないですけど、とにかくいう事を聞いてDM
ATの中で仕事をしていて、だんだん顔が割れてきたら、感染のこともできるか
もしれないから、それでやってもらえないかという依頼を、非常に奇妙な依頼
を受けたんですけど、他に入る方法は無いものですから、分かりましたと言っ
て現場に行きました。
そして、ダイヤモンドプリンセスに入ったわけです。

入ってご挨拶をして、最初はこの人の下に就けと言われた方にずっと従ってい
るのかと思ったら、DMATのチーフのドクターとお話をして、そうすると、お前
にDMATの仕事を期待していないと、どうせ専門じゃないしということで、お前
感染の仕事だろうと、感染の仕事をやるべきだと助言を頂きました。

これ、D-MATのトップの方ですね、現場のトップの方。
あーそうなんですかと、私はとにかくいう事を聞くと約束してましたので、感
染のことをやれと言われた以上、やりましょうという事で、現場の案内をして
頂きながら、いろんな問題点というものを確認していったわけです。

それはもう、酷いものでした。
あのーー、もうこの仕事20年以上やっていてですね、アフリカのエボラとか中
国のSARSとか、いろんな感染症と立ち向かってきました。

もちろん身の危険を感じることも多々あったわけですけど、自分が感染症にか
かる恐怖っていうのは、そんなに感じた事が無いです。

どうしてかと言うと、僕はプロなので、自分がエボラに罹らない、自分がSARS
に罹らない方法って言うのは知っているわけです。

或いは、他の人をエボラにしない、SARSにしない方法とか、施設の中でどうい
う風にすれば感染がさらに広がらないかってことを、熟知してるからです。
それが分かっているから、ど真ん中にいても怖くない。

アフリカにいても中国にいても怖くなかったわけですが、ダイヤモンドプリン
セスの中はものすごく悲惨な状態で、心の底から怖いと思いました。
これはもう、COVID-19に感染してもしょうがないんじゃないかと、本気で思い
ました。

レッドゾーンとグリーンゾーンと言うんですけど、ウイルスが全くない安全な
ゾーンと、ウイルスがいるかもしれない危ないゾーンをきちっと分けて、そし
てレッドゾーンでは完全にPPという防護服を着け、グリーンゾーンではなにも
しなくていいと、こういう風にきちっと区別をすることによって、ウイルスか
ら身を守るという事は、我々の世界の鉄則なんです。

ところが、ダイヤモンドプリンセスの中はですね、グリーンもレッドもグチャ
グチャになってて、どこが危なくてどこが危なくないのか、全く区別がつかな
い。
どこにウイルスが、、ウイルスって目に見えないですから、完全な区分けをす
ることによって、自分の身を守るんですけど、もう、どこの手すり、どこの絨
毯、どこにウイルスがいるのか、さっぱり分からない状態で、いろんな人がア
ドホックにPPを着けてみたり、手袋はめてみたり、マスクをつけてみたりつけ
なかったりするわけです。

で、クルーの方も、N95をつけてみたりつけなかったり、或いは熱のある方が
ですね、自分の部屋から出て歩いて医務室に行ったりするということが、通常
で行われているということです。

私が聞いた限りでは、DMATの職員、それから厚労省の方、検疫官の方がPCR陽
性になったと聞いていたんですが、それはもうむべなるかなと思いました。

中の方に聞いたら、いや、我々もこれ感染すると思ってますよ、という風に言
われて、びっくりしたわけです。

どうしてかというと、我々がこういう感染症のミッションに出る時は、必ず自
分たち医療従事者の身を守るというのが大前提で、自分たちの感染のリスクを
ほったらかしにして、患者さんとかですね、一般の方々に立ち向かうってのは、
御法度、これもうルール違反なわけです。

環境感染学会やFEPが入って、数日で出ていったという話を聞いた時に、どう
してだろうと思ったんですけど、中の方は感染するのが怖かったんじゃないと
いう風におっしゃっていた人もいたんですが、それは気持ちはよく分かります。

なぜなら、感染症のプロだったら、あんな環境にいたらものすごく怖くてしょ
うがないからです。
ぼくも怖かったです。

もう、これは感染、、今、某、これちょっと言えない部屋にいますけど、自分
自身も隔離して、診療も休んで、家族とも会わずに、いないとヤバいんじゃな
いかと、個人的にはすごく思っています。

今私が、COVID-19、ウイルスの感染を起こしていても、全く不思議はない。
どんなに、そのPPとかですね、手袋とかあってもですね、その安全と安全じゃ
ないところっていうのを、ちゃんと区別できてないと、そんなものは何の役に
も立たないですね。

レッドゾーンだけでPPを完全につけて、それを安全に脱ぐってことを遵守して
初めて、その、自らの安全が守れる。
自らの安全が保障できない時に、他の方の安全が守れるはずがない。

今日は、藤田医科大学へ人を送ったり搬送したりするって、皆さんすごく忙し
くしてたんですけど、そうするとこう、研究者の方と一緒に歩いてて、ふっと
患者さんとすれ違ったりするんです。
あ、今患者さんとすれ違っちゃうって、笑顔で検疫の職員が言っているわけで
す。

この、我々的には超非常識なことを平気で皆さんやってて、で皆それについて
何も思っていないと。

聞いたらその、そもそも常駐しているプロの感染対策の専門家が一人もいない。

あの、時々いらっしゃる方がいるんですけど、彼らも結局ヤバいなと思ってい
るんだけど、何も進言できない、進言しても聞いてもらえない。

やってるのは厚労省の官僚たちで、私も厚労省のトップの人と相談、話しまし
たけど、ものすごく嫌な顔されて聞く耳持つ気無いと。

何でお前こんなところにいるんだ、何でお前そんなこと言うんだみたいな感じ
で、知らん顔すると、いうことです。
非常に冷たい態度とられました。

DMATの方にも、そのようなことで、夕方のカンファレンスで何か提言申し上げ
てもよろしいですかと聞いて、いいですよという話はしていたのですが、突如
として夕方5時くらいに電話がかかってきて、お前は出ていきなさいと、検疫
の許可は与えないと、ま、臨時の検疫官として入っていたのですけど、その許
可を取り消すということで、資格を取られて検疫所の方に連れられて、当初電
話をくれた厚労省にいる人に会って、なんでDMATの下で仕事しなかったのかと、
感染管理の仕事はするなと言ったじゃないかと言われました。

でも、そもそもDMATの方に感染管理してくれと言われたんですよと話したんで
すけど、とにかく、岩田に対してすごくムカついた人がいると。
誰とは言わないけど、ムカついたと。

だからもう、お前はもう出ていくしかないんだと話をしました。
でも、僕がいなくなったら今度は感染対策するプロが一人もいなくなっちゃい
ますよって話をしたんですけど、それは構わないんですかっても聞いたんです
が、それからこのままだともっと何百人という感染者がおきて、DMATの方も、、
、DMATの方を責める気は更々なくて、あの方々は全く感染のプロでは無いです
から、その、どうも環境感染学会の方が入った時にいろいろ言われて、DMATの
方は感染のプロ達にすごく嫌な思いをしていたらしいですね。

それは、申し訳ないなと思うんですけれども、別に彼らが悪いって全然思わな
い、専門領域が違いますから。
しかしながら、彼らが実はリスクの状態にいるわけです。

自分たちが感染するという。
それを、防ぐこともできるわけです。

方法ちゃんとありますから。
ところが、その方法すら知らされずに、自分たちをリスク下に置いていると。

そして、そのチャンスを奪い取ってしまうという状態です。
で、彼ら医療従事者ですから、帰ると自分たちの病院へ行って仕事するわけで、
今度はまたそこから院内感染が広がってしまいかねない。

で、もうこれはもう、大変なことで、アフリカや中国なんかに比べても全然酷
い感染対策をしているし、エラ*`+(聞き取れず)なんかの方がよっぽどマシで
した。
日本にCDCが無いとはいえ、まさかここまで酷いとは思ってなくて、もうちょ
っとちゃんと専門家が入って、専門家が責任を取って、リーダーシップをとっ
て、ちゃんと感染対策についてのルールを決めてやってるんだろうと思ったん
ですけど、まったくそんなことはないわけです。

もうとんでもないことなわけです。
これ、英語でも、つたない英語でも収録させて頂きましたけど、とにかくあの、
多くの方にこのダイヤモンドプリンセスで起きていることをちゃんと知って頂
きたいと思います。

そしてできるならば、ちゃんと学術会ですとかね、或いは国際的な団体なり日
本に変わるように促して頂きたいと思います。

彼らはまぁ、あの、残念ながら、、、(電話で中断)
あの、編集が下手でちょっと変なつながりになったと思いますけども、考えて
みると03年のSARSの時に、僕も北京に行ってとても大変だったんですけど、特
に大変だったのはやはり中国が情報公開を十分してくれなかったというのがと
ても辛くて、何が起きているのかよく分からないと。
北京にいて本当に怖かったです。

でも、その時ですらもうちょっときちっと情報は入ってきたし、少なくとも対
策の仕方は明確で、自分自身が感染するリスク、SARS死亡率10%で怖かったで
すけれども、しかしながら今回のCOVID-19、少なくともまぁ、ダイヤモンドプ
リンセスの中のそのカオスの状態よりは、遥かに楽でした。

で、思い出して頂きたいのは、そのCOVID-19、武漢で流行りだした時に、警鐘
を鳴らしたドクターが、ソーシャルネットワークを使って、これはヤバいと勇
気をもって言ったけです。

昔の中国だったらああいうメッセージが外に出るなんて絶対許さなかったはず
ですけど、中国は今、BBCのニュースなんか聴くと、やっぱ、オープンネスと
トランスペアレンシーを大事にしているとアピールしています。

まぁそれがどこまで正しいのか僕は知りませんけど、少なくとも透明性がある
こと、情報公開ちゃんとやることが、国際的な信用を勝ち得る上で大事なんだ
ってことは理解しているらしい。

中国は世界の大国になろうとしてますから、そこをしっかりやろうとしている。
ところが日本は、ダイヤモンドプリンセスの中で起きてることは全然、情報を
出していない。

それから、院内感染が起きているかどうかは、発熱のオンセットをちゃんと記
録して、それから、カーブを作っていくという、統計手法、エビカーブっての
があるんですけど、そのデータを全然とっていないということを、今日教えて
もらいました。

PCRの検査をした日をカウントしても、感染の状態は分からないです。
このことも実は厚労省の方に既に申し上げていたんですけども、何日も前に。

全然、されていないということで、つまり要は、院内の感染がどんどん起きて
てもそれに全く気付かなければ、気付いてもいない、対応すらできていない、
で、専門家もいないと。

ぐちゃぐちゃな状態になったままでいるわけです。

このことを、日本の皆さん、或いは世界の皆さんが知らぬままになってて、特
に外国の皆さんなんかは、そうやってこう、あの、、かえって悪いマネジメン
トで、ずっとクルーズの中で、感染のリスクに耐えなきゃいけなかったという
ことですね。

やはりこれは日本の失敗なわけですけれども、それを隠すともっと失敗なわけ
です。
確かにあの、まずい対応であるということがバレるというのは、それは恥ずか
しい事かもしれないですけど、これを隠ぺいするともっと恥ずかしいわけです。

やはり、情報公開大事なんですね。
誰も情報公開しない以上は、ここでやるしかないわけです。

ぜひ、この悲惨な現実を知って頂きたいということと、ダイヤモンドプリンセ
スの中の方々、それからDMATやTPATや厚労省の方々がですね、或いは検疫従事
の方々がですね、もっとちゃんとプロフェッショナルなプロテクションを受け
て、安全に仕事ができるように、彼ら本当に、お気の毒でした。

という事で、全く役に立てなくて、非常に申し訳ないなという思いと、この大
きな問題意識を皆さんと共有したくて、この動画を上げさせて頂きました。

岩田健太郎でした。

 
 

学園出身の利子さんが、北海道のテレビで活躍を報じられました

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月 9日(日)00時01分37秒
  はたちチャンネルの波田地克利氏の娘さんで、学園出身の利子さんが、北海道のテレビで活躍を報じられました。

素晴らしい活躍ですので、ご紹介させていただきます。

Yahoo!ニュース Twitter
https://twitter.com/YahooNewsTopics/status/1224242981030391808?s=06

Yahoo!ニュース Facebook
https://www.facebook.com/107852375952798/posts/3411981498873186/?sfnsn=mo&d=n&vh=e


記事(動画のテープ起こし)は、こちらのサイトで読めます。
https://blog.goo.ne.jp/goo112113/e/f260af21003f7ae3d6b0d8231c186813

※以下は上記文字起こしから抜粋です。

女性ホームレスを自立支援する

 そんな彼女を救ってくれたのが札幌の女性用シェルター「Asyl=あじーる」
でした。市の委託事業として、主に女性ホームレスの支援を行うあじーるは、
生活困窮者やDVなどを受けた女性を一時的に保護する、いわば「駆け込み寺」
です。

 滞在期間は原則3か月。家具や家電などを置いた部屋を借り上げ一室を提供。
生活保護の申請や就労など、自立まで全面的にサポートしています。

 事務局長の波田地利子さん(29)。経済格差が広がるなか、関わる人にも若
い人が増えているといいます。

 波田地さん:「私たちのところいらっしゃる方は近年、若い方が増えていて
親がいるけど頼れる状況じゃなかったりとか、働く年齢(稼働年齢)なんだけ
ど、いろんな事情で働ける状況じゃない方」


200世帯が支援受け“再出発“

 これまで200世帯以上がここで再出発を果たしました。前野さんもその1人で
す。波田地さんは、車上生活を続けてきた前野さんの様子を今も鮮明に覚えて
います。

 波田地さん:「その日の、ふっちゃん(前野さん)は結構、とにかくいっぱ
い喋ってくれるんだけど、正直、何言ってるかわからなかった」

 前野さん:「ほんとう?」

 波田地さん:「たぶん、いろんな話してくれているんだけど、なにか、たぶ
んすごい興奮してて」

 再びホームレス状態に戻ることがないように、波田地さんはシェルターを卒
業後のアフターフォローが最も重要だと考えています。
東京でホームレスだった女性 3年間の路上生活から北海道へ ようやく見つけ
た“居場所“ 【スマホニュースUHB】

「あじーる」でのクリスマス会。“卒業後“のフォローが大切だという。
大切なのは“卒業後“

 「メリークリスマス。かんぱーい」

 12月に開かれたあじーるのクリスマス会。卒業生たちの居場所づくりの一環
として、こうしたイベントが定期的に開催されます。

 あじーるの卒業生:「いろんな情報交換の場にもいいし、楽しい場として行
ってますね、私は」

 あじーるの卒業生:「(イベントは)あった方がいいなって思う。だいぶ救
われた人いっぱいいるんじゃない?だからこうやって集まれることは、やっぱ
りこれからも続けてほしい」

 札幌の女性専用シェルター「あじーる」の事務局長、波田地さんが関わるよ
うになったのは、24歳のころ。自分自身も、学生の時から生きづらさを感じて
いたといいます。

 波田地さん:「中学生くらいの時は学校行けていなくて、ずっと病気になっ
ていて、高校から行けるようになったけど、高校でもそんなにこう楽しく生き
ていたわけではないというか。少しでもちょっと自分たちが生きやすい場所、
ちょっとずつ広げらたらいいなって思いがずっとあって」
東京でホームレスだった女性 3年間の路上生活から北海道へ ようやく見つけ
た“居場所“ 【スマホニュースUHB】

21歳のとき、夜回りをする波田地さん(右から2番目、提供:北海道の労働と
福祉を考える会)
活動の原点はホームレスの“夜回り“

 活動の原点となったのが、大学生の時に参加したホームレス支援団体の“夜
回り“です。

 ホームレス支援団体、「北海道の労働と福祉を考える会」のメンバーと札幌
市内で路上生活をする人たちの数を把握しつつ、物資の提供をしたり、健康状
態を聞き取りました。東京都出身の波田地さんにとって、北海道の寒さの下で
路上生活をする人たちの姿は驚きだったといいます。

 波田地さん:「毎年1人とか2人とか冬に凍死してる。とにかくシンプルでた
だ路上にいる人に声をかけて、何か手伝えることがあれば手伝って」

 他人と関わることに難しさを感じている人たちの姿が、自分と重なって見え
ました。

 「労福会(北海道の労働と福祉を考える会)の人たちって、毎週こう夜回っ
て歩いてるでしょ?いろんな物資も提供してくれるから、そんな人たちってな
かなかいないから」


「俺は、史上最低の人間だから」

 波田地さんはシェルターの活動と並行して7年間、こうした夜回りも続けて
います。ここで出会った人をシェルターに受け入れたこともあります。

 路上生活10年の男性:「俺みたいな人間は史上最低の人間だから」

 波田地さん:「どういうこと」

 男性:「72億の人間がいるなかで史上最低。人に話さないだけで。最悪の人
間だから」

 波田地さん:「そか。でも、誰しもそういうのは抱えて生きてる」

 波田地さんは、相手の話を黙って聞いて受け止めます。

 「何もしないまま、ただ今ある状況をそのまま見過ごすことができるほど、
私は器用じゃなかったというか。うまくも生きられないし、適応することもで
きないし、だから(続けて)きたのかな」
東京でホームレスだった女性 3年間の路上生活から北海道へ ようやく見つけ
た“居場所“ 【スマホニュースUHB】

運営資金を募るため、カフェ店主に募金箱の設置をお願いする。
募金箱の設置をお願いして歩く

 施設の運営には難しさもあります。

 この日、波田地さんは札幌市内の喫茶店に向かいました。

 波田地さん:「すみません、これをよろしくお願いします」

 店の男性:「あ、わかりました」

 運営資金を募るため、募金箱の設置をお願いしました。卒業生とのつながり
として開いているクリスマス会などは、市からの予算には含まれないためです。

 2020年は市内に50個の設置を目指します。

 波田地さん:「(卒業生の)アフターフォローって、これって言ってみれば
全然役所から頼まれたことではない、ただ必要だと思うからやっていること」
東京でホームレスだった女性 3年間の路上生活から北海道へ ようやく見つけ
た“居場所“ 【スマホニュースUHB】

前野さんは、生活保護を受け、アクセサリーなどをつくる作業所で働いている。
「人生で初めて」楽しんだ食事

 ホームレスの生活をしていた前野さん、今は生活保護を受けながらアクセサ
リーなどを作る作業所で働いています。あじーるでの3か月をこう振り返りま
す。

 前野さん:「こんなに楽しんで(ごはんを)食べたのは、人生で初めて」

 人と一緒に過ごす安心感を教えてもらったといいます。そんな前野さんには
今、目標があります。

 「今は、やりたい仕事は虐待関係の仕事かホームレス団体の仕事なんで。こ
れはどっちかやりたい」

 松本麻郁記者:「それはあじーるの影響?」

 前野さん:「やっぱり波田地さんですよね。違う人生の人たちと話している
わけじゃないですか。そういうところでもかっこいいなって思いますよ」

あじーると関わって、孤独から救われた前野さん。将来は、虐待やホームレス
の人たちと関わる仕事につきたいと思っています。

UHB 北海道文化放送

以上です。

また、このニュースを見た人からの声も若干ご紹介させていただきます。

「波田地利子さんはこのなかで、『何もしないまま、ただ今ある状況をそのま
ま見過ごすことができるほど、私は器用じゃなかったというか。』と言われて
いましたが、この姿を創立者は喜ばれているだろうなぁと目頭が熱くなりまし
た」

「かつて組織で様々な『親と子』を見てきましたが、これこそ動かしがたい実
証ですね。素晴らしいです!」

「苦しんでいる人のためにーまさに学会精神ですね。池田先生が大阪西成の人
々を励まし続けた姿を彷彿とさせますね。学会も学園出身者がYahooニュース
にでました!と会合で紹介するくらいの度量があればまだ救いようがあります
ね。(笑)」

「師匠の精神の継承といいますが、『生き方』として自分の子どもに継承でき
ている人がどれほどいるか?娘さんのこの姿は波田地さんご夫妻の勝利だと思
います。」

青年に、青年たちに池田先生の行動と精神を継承したい。心ある先輩の真情で
あると思います。この波田地さんの活躍を自身に引き当てて大いなる糧にして
いきたいと思います。

以上

 

フェイク 第1665号

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月 8日(土)23時56分35秒
  (発行=20.02.05)

大阪・聖教寺で“ワンコイン折伏”
法華講員が西成に出没し五百円で寺に勧誘
寺に連れ込み信仰の話はせず授戒

早瀬日如が打ち出した法華講員八十万人体勢構築という無謀なノルマに苦し
む日蓮正宗の末寺と法華講では「誓願」とか「御命題」達成のためと称してデ
タラメな勧誘を続けている。

例えば、街中で声を掛ける〝街頭折伏〟とか寺の前に立って通行人を誘い込
む〝呼び込み折伏〟などで、その非常識な勧誘は世間の顰蹙を買っている。

そして遂に、大阪市西区の聖教寺では五百円硬貨を餌にして寺に誘い込んで
授戒する奇怪な〝ワンコイン折伏〟が始まった。

世間一般の人の考えは、信者が宗教団体などに対して供養・寄付する。これ
が常識とされるが、日蓮正宗聖教寺では五百円を払って「入信」してもらって
いるというから驚きだ、
授戒した後は面倒を見る訳でもなく、放ったらかし。この変な勧誘の先頭に立
つのは平成二十九年に広島市の本浄寺から聖教寺に移ってきた月田諭道(下の
写真)という坊主である。

かつて、台湾の有力紙と言われている「聯合報」が、日顕達の芸者遊びと桜の
木の大量伐採という事実を取り上げて「日本花和尚」と大々的に報道した際、
台湾に赴任していた月田は日顕に取り入ろうとして虚偽を並べて反論したが、
空振りに終わった。

その後、台湾出張所で住職失格の烙印を押された月田は、大石寺の寮で〝部屋
住み〟の処分を受けていた。だから挽回を狙って妙な勧誘方法を考案したのだ
ろう。

ところで、聖教寺と言えば以前、長坂慈精が住職をしていた当時、〝デート折
伏〟や〝千円&弁当折伏〟ともいうべき手口で、西成あいりん地区などで貧困
に苦しむ人々の弱みに付け込んで「法を下げる」行為をしていた過去がある。

このうち〝デート折伏〟とは、女性講員三人があいりん地区近辺に出没し、野
宿している男達に甘い言葉で接近して車に乗せ、寺に連れ込む。そして信仰の
何たるかも分からない男達に坊主が授戒していたのだ。

この女性講員たちは御講や法話会など皆がいる時には動かず、寺に誰もいない
時を見計らって連れてくる。

こんな破廉恥な勧誘は、恥ずかしくて講員仲間にも見せられなかったのだろう。

新入信者を一人も見たことがないのに折伏成果だけが増える異常事態に講中で
も不信が広がり、この度と同様、本紙に通報してきた講員有志がいた。

この〝デート折伏〟に続いて聖教寺で実行していたのが千円札を渡して男達を
寺に誘い込み、信仰の話などは一切しないで、即座に授戒し、帰りにはスーパ
ーの安い弁当を買い与えて終わりにしていた。

最近では相次ぐ供養や強制的な登山、御講への参加で締め付けられ、法華講員
の懐具合はスッカラカン。そこで〝ワンコイン折伏〟になって千円から五百円
に値下げして弁当も提供しなくなったという。

いずれにしても、あいりん地区を舞台にして、貧困の弱みにつけ込んだ聖教寺
の講員の卑劣極まりない行為にマスコミも強い関心を示しているらしい。

 

フェイク 第1664号

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月 7日(金)18時58分2秒
  (発行=20.02.03)

小笠原慈聞は晩年、戸田先生に敬服
初代会長を獄死させた狸坊主が暗躍 ㊦
悪侶を覚醒させた学会青年部の強折

 第二代会長の戸田先生は「一年間、待て」と伝えた八女の同志との約束通り、
昭和二十七年八月、八女の地を訪れた。十九日に大阪の空港で見送る池田室長
に何度も「大阪を頼む」と言い残して空路、福岡へ。直ちに八女郡福島町(現
在の八女市)の田中宅での座談会に出席し、夏季地方折伏で滞在中の柏原理事
ら幹部や九州の会員を激励した。

翌二十日には約三百人が集った八女公会堂での仏教大講演会で戸田先生は生命
論を中心に講演した。

終了後には三十七人が入会を決意したが、戸田先生は信仰を持続することの厳
しさを語り、「もう一度よく考えて決めなさい」と言って全員を帰された。

それでも最終的に二十七人が「信心をさせてほしい」と願い出たのだ。

今の日蓮正宗・法華講のような、いい加減な勧誘ではなく、学会への入会は昔
から厳格なのである。

戸田先生は「二百世帯になったら支部を結成してあげよう」と提案。翌二十八
年三月、八女の同志は戸田先生との約束を達成し、晴れて八女支部が誕生した。

 小笠原という狸坊主の策謀により多くの脱会者が出て、八女の同志にとって
は試練の一年間であったが、不死鳥の如く蘇り、大きく羽ばたくことになった。

 戸田先生の八女での講演より四か月前、宗旨建立七百年慶讃大法要が行われ
た昭和二十七年四月二十七日、学会青年部は小笠原慈聞に「日蓮大聖人様の清
浄なる法門を乱しました事は誠にもつて外道の極み」「深く御詫び申し上げる
と共に今後の言動を慎しみます」等と詫び状を書かせた。これが「狸祭事件」
と呼ばれるものである。

 その小笠原は晩年、戸田先生に敬愛の情を抱くようになったのである。

昭和三十年五月二十五日発行の「日蓮正宗入門」という冊子に小笠原は次のよ
うに記している。

「旭日昇天の勢を以て先づ東都の天地に雄飛し、その獅子奮迅力は忽ち東都の
宗教界を突破するに至りました。その信徒の強烈なる、その抱負の偉大なるた
め、永年沈衰してゐた本宗も俄に活気を帯び生き吹き還すに至り、今や全国で
正宗信者の無い土地は無く広宣流布の魁をなすに至つたことは、只管ら感激の
外はありません。自分は不徳にして一時調子に乗りその為に学会と争論の不幸
を醸した事のありました事は、誠に遺憾の至りでありましたが、翻然大悟逆即
順の筋目を辿り爾来我宗門の人とは宜しく学会精神を躰得し、それを基調とし
て進行せざるべからずと提唱するに至りました。かく言ひますと、之れは諛へ
る者と評せらるべきも、道理と実際の指す所でありますから仕方ありません」
(一部抜粋)

 小笠原は晩年、学会の折伏を称賛していた。その小笠原は昭和三十年十二
月三日、八十歳の生涯を閉じ、その葬儀に際して学会青年部は香典一万円を届
けた。

 小笠原の覚醒は、池田室長をはじめとする学会青年部の強折による結果で
ある。「慧妙」は、現在の学会は戸田先生の指導に背いて宗門を誹謗している
と的外れなことを書いているが、それは違う。「追撃の手を緩めるな」と、悩
乱坊主を徹底的に破折することは戸田先生の遺言なのである。


 

フェイク 第1663号

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月 6日(木)19時01分51秒
  (発行=20.02.02)

信徒の苦闘の成果を蹂躙した魔僧
初代会長を獄死させた狸坊主が暗躍 ㊥
勤行と折伏を実践で教えた牧口先生

昭和二十六年夏、極悪坊主の小笠原慈聞が起こした九州の八女での宗門事件
は、戸田先生が同年五月、第二代会長に就任した直後の大量脱会であった。

 この事件の十年以上も前の昭和十四年の春、九州の一粒種となる八女の田中
国之さん夫妻を折伏するため、九州へ赴いたのは初代会長の牧口先生だった。

 当時、東京から福岡までは急行列車で約二十四時間を要した。この頃は、ま
だ関門トンネルは開通していなかった。九州に入るためには下関から船に乗り
換えて門司まで行き、そこで再び鉄道に乗り換えなければならなかった。

高齢の牧口先生の長旅を心配した戸田先生が「せめて二等車で……」と勧めた
が、「いや、これで良い」と急行列車の三等車に乗り込んでの長旅だった。

福岡県八女郡福島町(現在の八女市)の田中宅を訪問した牧口先生は田中夫妻と
火鉢を囲んで夜遅くまで対話。納得のいくまで丁寧に答えられる牧口先生。入
会を決めた国之さんは何度も頷く。夫人のシマ代さんも牧口先生の確信、毅然
とした態度、誠実な人柄に胸を打たれて入会を決意した。

この田中夫妻の入会が九州広布の歴史の第一歩となったのである。

牧口先生は田中夫妻に次のような確信を述べた。

「田中さんが御本尊様をいただくということは、仏法の原理に照らして、九州
の全民衆が不幸という悩みから救われることになるのです。『諸法実相抄』と
いう御書に『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人
と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし』とあります。今、田中さん
が九州で一人、この最高の御本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えるというこ
とは、地涌の義によって、九州にも必ず二人、三人、百人と御本尊を持つ人が
あらわれるということなのです」(「田中シマ代の回想録」より)

「難」の一文字を書き
不退の信心を訴える

勤行・折伏の実践を教え、その功徳で悩みは必ず解決するが、同時にまた、必
ず三障四魔が競い起こることを語り、不退の信心について指導した。

翌日、田中夫妻を伴い雲仙へ赴き、知り合いの宮崎旅館の夫婦を折伏し、田中
夫妻に折伏の仕方を実践で教えたのだった。

その道中で「あなたたちは、私が折伏するのをよく見ておきなさい」「折伏が
宗教の生命です。他人を利していく生活こそ大善といえるのです」(「田中シ
マ代の回想録」)と指導した。

 その後、牧口先生は昭和十五年十一月、再び九州指導に赴き、八女でも初め
て座談会が開かれた。この頃、八女の学会員は十世帯余りになっていた。

 牧口先生は御書講義を通して折伏の必要性などを強調。黒板に「難」の一文
字と、その横に「正法の証拠」と書いて、難を乗り越える信心などを分かり易
く教えられた。

 初代会長の苦闘の結果、築かれた八女の広布の陣列を小笠原慈聞という邪僧
が昭和二十六年、破壊したのだ。残った八女の同志に対して「一年間、待て」
と言われた戸田先生は翌年、八女に足を運んだ。(つづく)

 

フェイク 第1662号

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 2月 5日(水)23時36分6秒
  (発行=20.02.01)

日蓮正宗は昔から信者泥棒だった
初代会長を獄死させた狸坊主が暗躍 ㊤
草創期に八女地方で騙され九割が脱会

日蓮正宗は法華講員八十万人体勢構築という無謀な目標が絶望視される今年
を「御命題達成の年」と銘打ち、坊主は折伏できないので、法華講員を勧誘に
狂奔させている。だが、成果が一向に伸びないため学会員を脱会させて取り込
もうと暗躍する動きが見られる。

こうした動きは今に始まったことではない。学会の草創期に九州の八女の地
で起こった宗門事件があった。この事件は今日の宗門事件と同様、広布の教訓
と言える。

戦時中、軍部の弾圧にも屈しなかった八女の会員達の殆んどが脱会した。これ
は見せかけの袈裟衣の権威に対する弱さと、それを見破る教学の必要性、そし
て一人を大切にする組織の重要性を教えてくれる。

この事件は学会創立六十五周年記念出版として発刊された「筑後の歴史と青年
部の使命」に詳しく記されている。今号では同書の該当箇所を要約して関連資
料と合わせて紹介し、今も昔も変わらない日蓮正宗の悪辣な体質を浮き彫りに
する。

◇    ◇
学会草創期に組織を攪乱し、会員を騙して脱会させたのは、戦前から軍部に
迎合して、結果的に学会弾圧と牧口初代会長の獄死の因を作り、狸坊主と呼ば
れていた小笠原慈聞である。

小笠原は福岡県久留米の霑妙寺を根城にして、昭和二十五年から二十六年にか
けて頻繁に八女地方に姿を現した。

戦時中の経緯など知らない八女の学会員に向かって小笠原は「私は本山から派
遣されてきた」とウソを言って学会員を集めさせた。

昭和二十六年八月、小笠原は霑妙寺で神本仏迹論を講演し、八女の学会員宅に
も来て同じ講演をした。そこには本山から僧侶が来たというので結集に力を注
ぎ、約百人が集まっていた。

疑うことを知らない純粋な八女の会員達は小笠原の話を素直に受け入れた。

小笠原は参加者に「さあ皆さん、寺につくのか、学会につくのか。どっちじゃ」
「寺につくのが本当の信心じゃ」とテーブルを叩いて脱会を迫ったのである。

軍部に迎合した小笠原

八女の会員達は小笠原が軍部に迎合して学会を苦しめたことなど知る由もなく、
宗門に悩乱した坊主がいるとは想像もしなかった。

小笠原の話を聞いて会員達の心は揺れ動いていた。

 この報を受けた戸田先生は柏原ヤス指導部長、辻武寿青年部長(当時)を派遣。
その指導会には約百人が詰めかけた。

柏原ヤス指導部長は神本仏迹論の誤りを詳しく説明して、日蓮大聖人の教えを
共々に実践していこうと気迫を込めて訴えたが、まるで手応えがない。

会場は静まりかえり、ヒソヒソ話が聞こえる。暗い顔の壮年が立ち上がった。
それに釣られるように二人、三人と会場を後にした。残ったのは僅か十一人。
実に約九割が脱会したのだ。

八女での事件の顛末を聞いた戸田先生は現地の学会員宛にペンを走らせた。
「辻、柏原両氏より報告を受け、悲しみの極地に居ます」という書き出しで始
まる手紙には烈々たる学会精神と強い決意が込められ、また、残された学会員
に対して「一年間、待て」との激励が届いた。(つづく)

 

フェイク 第1661号

 投稿者:宿坊  投稿日:2020年 1月 6日(月)23時45分47秒
  (発行=20.01.05)

元朝勤行、初登山の参加者が減少
「御命題達成の年」の日蓮正宗、年頭から失速
目標に届かない布教部長の常在寺

日蓮正宗は今年も初登山と末寺の元朝勤行の参加者が減少、「御命題達成の
年」は年頭から失速したことが法華講連合会の有力筋、及び宗門の複数の関係
者の情報によって明らかになった。

 早瀬日如が平成二十一年七月二十六日の総会の席で「平成三十三年、宗祖日
蓮大聖人御誕生八百年までには、御誕生八百年にちなんで、法華講員八十万人
の体勢を築き、大法広布に資していきたい」と無謀な目標を打ち出してから十
年が経過した。

 この間、法華講員は登山と御講への参加、特別供養に加えて勧誘のノルマに
追われるなど、間違った信仰の苦しみに耐えかねて日蓮正宗と決別した人も数
多く見受けられた。

 日如が発表した平成三十三年とは来年の令和三年に当たるが、八十万に近づ
くどころか、法華講の勢力は衰退の一途を辿っている。

末寺の元朝勤行と新年勤行会の参加者は、十五年前は約十万人だったが、年
々、減少の一途を辿り、今年は遂に、その半減に近い状態にまで落ち込んだと
いう。

日如や布教部長の阿部信彰らが口先だけで無謀な折伏の檄を飛ばし続ける限
り、いい加減な〝折伏詐欺〟が横行して幽霊講員が増えるだけである。

阿部信彰が住職をしている常在寺(東京・南池袋)の 昨年の折伏成果は、目
標の約七割しか出来なかったと、同寺支部の法華講員が教えてくれた。

 また、同寺の元朝勤行の参加者についても「少ないです。今年も百数十人で、
昨年と殆んど変わらず、増えなかった」ということだ。

 布教部長のいる常在寺が、こんな有り様だから他の寺は推して知るべし。活
動する講員は減り、宗内には疲弊ムードが蔓延している。

 日如は「大白法」の「新年の辞」で以前は〝全国的に折伏の気運が高まり〟
等と楽観的な事を述べていたが、今年は「如何なる障魔が行く手を阻もうが…
…」と短い「新年の辞」の中で繰り返し書いており、強い焦燥感が滲み出てい
る。

 一方、大石寺への初登山は、以前は一月三日と四日に実施してきたが、平成
二十六年からは本山への登山者を増やしたいとの魂胆から二日と三日に変更し
た。

その結果、かつては元日に引き続いて二日にも新年勤行会を実施してきた末
寺が全体の約半数近くあったが、初登山と重複するため二日には勤行会を開催
できなくなり、講員から供養を巻き上げる好機を失った末寺坊主が「御供養の
実入りが減った」と嘆いている。

この初登山の参加者も次第に減少しているのだ。

因みに、十年前の平成二十二年は二万二千三百九十人が初登山に参加してい
たが、翌二十三年は二万一千人に減り、二十四年は一万八千人、二十五年は一
万七千と徐々に減り続け、本山への登山者を増やす狙いで日程を変更した同二
十六年以降も横這いであった。

そして今年の初登山参加者は大幅に減り、惨憺たる状態だったということだ。

こんな悲惨な法華講に追い打ちをかけるように、宗門は年末の第三回特別供
養を強要している。

宗門の意向を受けて連合会委員長の星野が年頭の挨拶で「丹精込めた真心か
らの御供養を」と述べており、早々に脱講するのが賢明だ。


 

フェイク 第1660号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年12月24日(火)12時48分52秒
  (発行=19.12.21)

遊蕩三昧の指摘を「法難」とは笑止
日顕の追悼文で役僧の学会批判を嗤う
僧侶主導ではなく信徒に依存する宗門

日蓮正宗の機関誌「大日蓮」十二月号は九月二十日に死去した日顕の「奉悼特
集号」で、葬儀の様子を詳細に記し、また重役、宗会議長、参議会議長、宗務
院の各部長、宗会議員や各布教区の宗務支院長の追憶文を掲載している。

 その追憶文のなかで性懲りもなく学会問題に触れている坊主が二十人ほどい
る。重役の藤本日潤、宗会議長の土居崎日裕、教学部長の水島公正、渉外部長
の梅屋誠岳らの批判は、いずれも幼稚な的外れの戯言だ。

日蓮正宗の坊主共は学会の悪口を言うのが広宣流布の活動だと錯覚しているの
だろう。

 特に槍玉に挙げたいのは福島布教区の宗務支院長・高木栄顕の駄文で、日顕
を称えたあと「創価学会問題等、筆舌に尽くし難い未曾有の法難の中、敢然、
邪義謗法を打ち砕かれつつ、祖道の恢復をもって、僧侶主導による広布前進の
方途をお示し遊ばされた」と述べている箇所だ。

 学会側が一貫して主張したのは、①開かれた宗門に②信徒蔑視を改めてほし
い③少欲知足の宗風の確立、という三項目であった。

この三項目の中の何処が「筆舌に尽くし難い未曾有の法難」なのか?

 日顕をはじめ堕落坊主が供養の金を湯水のように浪費して遊蕩三昧に耽って
いた事実を指摘されたのが余程、悔しかったのか?

 日顕が供養を取るだけ取ったうえで「信徒の分際」等と信徒を愚弄し、強欲
で、本仏気取りの傲慢な体質が根本原因なのである。

 また、高木栄顕は「僧侶主導による広布前進の方途をお示し遊ばされた」と
書いているが、今の法華講員八十万人体勢構築にしても僧侶主導ではない。

僧侶主導と言うからには坊主が自ら未入信の人々に向かって布教するのが本筋
であろう。

 ところが、坊主は法華講員を集めて檄を飛ばすだけで、講員に折伏させるの
が今の方法である。

夏期講習会にしても、大石寺での全国布教師による布教講演にしても、末寺で
の毎月の御講にしても坊主が信徒に「折伏せよ」と力説するだけではないか。

 坊主が率先して折伏してこそ「僧侶主導」と言えるが、現在の日蓮正宗には
世間に向かって法を説けるような布教師がいない。

僧侶主導ではなく、信徒に依存する日蓮正宗と言える。

 早瀬日如は十二月一日の広布唱題会で「折伏をしなければ、成仏はできない」
と訴えていた。日如ら日蓮正宗の坊主は折伏していないから成仏できないのだ。

台風が残した釣り雲

 なお、宗門は日顕の密葬の日に富士山に不思議な瑞雲が現れ〝諸天が顕した
荘厳な妙相〟等と自慢しているから滑稽だ。

密葬の日の九月二十四日の早朝、撮影された不気味な釣り雲(写真)は、台風
十七号が残した置き土産とのことで、瑞雲ではない。

 

今夜放送のカンブリア宮殿!バスクリン社長

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年12月12日(木)20時06分58秒
  今夜放送のカンブリア宮殿!
バスクリン社長・古賀和則さん

創価大学3期生の古賀和則さん(バスクリンの社長)が、テレビ東京の【カンブリア宮殿】にゲスト出演するそうです。

放送日は12/12(木)
22:00~22:53です。

座右の銘で創価大学の
「建学の精神」をお話するそうです。

…………………………………………………
「バスクリン」は、1897年に津村順天堂(現ツムラ)が発売した。
しかし、入浴剤市場が頭打ちになるなどの理由で入浴剤事業は赤字に転落、ツムラは2006年に不採算事業のバスクリンを切り離すことに。
その時、約200人の社員を新会社に移籍させる大仕事を任されたのが、現社長の古賀だった。

古賀は、不安を抱える社員たち一人一人と面談、納得のいくまで話し合ったという。分社化後、2010年には社名をバスクリンに変え、
入浴剤が大好きだという羽生結弦選手をCMに起用、攻めの広告戦略に打って出た。

【ゲスト】 バスクリン 社長 古賀和則


 

フェイク 第1659号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年12月 9日(月)13時08分2秒
  (発行=19.12.07)

日蓮正宗の誓願達成は絵空事
「八十万体勢構築」を焦る日如の悪足掻き
布教部長・阿部信彰の常在寺も約六割

日蓮正宗は明年の年間方針を「御命題達成の年」と決めて発表し、十二月に入
ってからは今年の未達成の末寺に対して毎日、成果を報告させているというが、
明年の〝命題達成〟は夢物語に終わる公算が大である。

早瀬日如が「平成三十三年(令和三年)迄に法華講八十万人体勢構築」という
無謀な目標を末寺坊主と法華講に押しつけたのは平成二十一年七月だった。

以来十年間、末寺坊主と法華講はノルマに苦しんできたが、成果は伸びず、明
年がその期限迄の最後の年になる。

焦っている日如は十一月三日の広布唱題会で江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の
「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」の
言葉を引いて「折伏をすれば必ず折伏できる」と力説。参加者の一人は「まる
で上杉鷹山が折伏せよ。折伏は必ずできる」と言っていたかのような語り口だ
ったと苦笑していた。

また、先月の大石寺でのお会式でも日如は「全支部が御宝前に誓った法華講員
八十万人体勢構築の誓願達成を目指し、異体同心して、いよいよ御精進くださ
るよう心から願い、本日の法話といたします」と信徒の勧誘を煽っていた。

日如は自分では折伏の経験がないため、大願寺時代には「お寺に連れて来るだ
けだから簡単だろう」と語っていたほど無知で、口を開けば「八十万達成」と
言う。

だが、毎年春の法華講総会に目標の三万人すら集められないばかりか、減少の
一途を辿っていて、末寺の御講の参加者も一向に増えていないのが現実である。

このことからも分かる通り、各支部とも折伏は行き詰まっているのである。

布教部長の阿部信彰のいる常在寺(都内の南池袋)は、九割くらいは達成してい
るのかと思っていたが、同寺の法華講員は困惑した表情で「目標の三九八に対
して十一月末現在で六割を少し超えたところです」と小声で語る。これでは今
年も目標達成は困難だろう。

それとも達成したように見せる帳尻合わせの秘策でもあるのだろうか?

信彰は父親の日顕が死亡したことで意気消沈しているようで、最近は元気がな
いということだ。

布教部長の信彰がこんな有り様だから、今年は折伏意欲のない坊主や戦線離脱
の坊主が目立っている。

最近でも十一月十一日付で法光寺(長崎県佐世保市)住職の桑原慧道が強制的に
隠居させられた。桑原は以前、折伏推進委員だったが、近年は折伏成果が低迷
していたので本山に再三、呼びつけられていて、遂に追放されたということだ。

更に、実妙寺(愛媛県四国中央市)の篠田法哲が病気のため同月十九日付で住職
をクビになった。まだ働き盛りの五十四歳だ。

折伏成果が悪い末寺坊主は本山に呼び出されて信者など大勢の面前で罵倒され、
揚げ句の果てに、追放されるし、病気になると住職をクビになる。衰退する日
蓮正宗の哀れな末路である。

 

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